
Rubinstein / Chopin Ballads and Scherzos
ルービンシュタインは3度ショパンの全ピアノ独奏曲の録音を行っている.評価はそれなりにあるだろうが,音質はもとより,深みの増した3度目の全集が私はもっとも好きだ.それは一度は自らの慢心によって,神に授かった「ギフト」を腐らせてしまった彼の,心の闇と苦悩が磨いた音でもある.彼が超えたいと望み,彼自身は超えられなかった(とずっと思っていた),ホロビッツとはあまりに違う,彼のショパンなのだ.
以前書いたとおり初期のルービンシュタインは荒削りで,奔放なピアノだった.しかし復帰後の演奏は,以前のような輝きは失われたが,どこかに憂いを秘めた,人間的な音になっていた.最近思い立ったようにショパンを聴き始めたのは,実はピアノの森を読み返したのがきっかけだが,この作品を読んでいると,いつもこのルービンシュタインと,ホロビッツのことを思い出してしまう.

ピアノの森 / 一色まこと
もちろんこの作品で描かれている,一瀬海と雨宮修平の関係は少し違うが.この先品に惹かれるのは,演奏会でわずかな,選ばれた演奏者のみが持つ会場の雰囲気を見事に描いていて,その雰囲気が懐かしいからである.
その雰囲気というのは,音楽に対して会場の空気が凝集していく感覚である.楽章の終わりにきたときに,音を立てないように気を遣いながらも,肘掛けを手が白くなるほど握りしめていた手を離して,「ふう」と小さく息を吐いて力を抜くような緊張感.
かつてこのような緊張感をまとっていた演奏者は,私の少ない経験の中ではリヒテル,朝比奈隆,クライバー,の3人だけであった.この3人はステージや,ピットの中に現れただけで会場が一気に張り詰めるような雰囲気を持っていた.
ピアノの森で中心に描かれている,「技術以外の何か」を持っていた音楽家だと,私は思っている.そして,このルービンシュタインもきっとそのような何かを持っていたのではないだろうかと,録音で聞くしかない彼の演奏を聴きながら考える.
付け加えるなら,このCDには,ピアノの森で海が聴衆を「森」に連れて行く,バラードの4番が含まれている.
ところでショパンの熱烈なファンでない私が,誤解を恐れず言うなら,ショパンの神髄はマズルカでは無いだろうか.最近改めて聞いてみてそんな気がした.

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