1978年バイロイトのタンホイザー

Sir Colin Davice / TANNHAUSER(1978)
以前LD資産をDVDにという記事で,同じコンテンツをLDからDVDにコピーする苦労を書いたが,ようやく正規にDVDとしてリリースされた.またしても代理店の力が強く,国際リリース版に日本語字幕は含まれていない.おまけに日本でのリリースは不明である.

Sir Colin Davice / TANNHAUSER(1978)
以前LD資産をDVDにという記事で,同じコンテンツをLDからDVDにコピーする苦労を書いたが,ようやく正規にDVDとしてリリースされた.またしても代理店の力が強く,国際リリース版に日本語字幕は含まれていない.おまけに日本でのリリースは不明である.

Mrawinskij / Leningrader Philharmonie
シューベルトの8番”未完成”は,長いクラシックの歴史の中でも五指に入る美しい旋律を誇る曲だ.しかし聞き手によって大きく二つの印象に分かれる,不思議な曲でもある.一つはひたひたと迫る,漠然とした不安感と行く手に待ち受ける絶望を強く感じるタイプ,そしてもう一つは,儚く消えてしまいそうな美しさを強く感じるタイプだ.普通は同じ演奏を聴いても意見が分かれるようだ.

Karajan / Berlin Philharmonic 1977(Live)
生誕100周年でカラヤンの様々な音源が発売されている.中でもかなり評判を呼んでいるのが,このDVDであろうか.60年代後半から70年代を中心に,カラヤン・プロデュースで作成された映像は,かなり偏った映像で,楽器の演奏者は手元のみ,カラヤンも左からのアップや指揮をする手元が中心.オーケストラは全景以外は撮らないという妙な演出で,まるでイメージビデオのような変なものだった.

Dvorak Symphony No.9 "From the New World"
余りに有名な曲で,改めて聴くのも気恥ずかしいような気さえしてしまうが,決定的な名演というものは無かったように思う.何しろ「曲の持つ力」はベートーヴェンのシンフォニーを凌ぐかとさへ思わせるほどだ.各楽章がそれぞれ独立してBGMに使われるような曲は,そうあるものではない.その意味で俗っぽいといわれることもあるが,このメロディーの美しさはそのような批判を黙らせる.

Thriller 25th Aniversary,Limited Edition
人類史上最高に売れたアルバムなのだそうだ.確かに発売2~3年後にギネスに記録されたのを覚えている.Michael Jacksonがまだ人間?だった頃の事だ.このアルバムが予言だったわけでもあるまいが,いまや見る影もない.しかしこの企画も単に25周年を記念してという事でもなさそうだ.

CATS / Universal
一日遅れだが,2月22日は猫の日だそうだ(無理矢理だが).よく犬は友人というが,実際には犬は人に「仕えるもの」である.比べて猫は「愛人」なのだそうだ.これには何となく納得感がある.つまり猫と人は対等なのである.我が家では猫はずっと家にいて,私は仕事に出かけ,帰ってくる.もしかしたらこの家は猫の家なのかもしれない.

レオンカヴァッロ/道化師 (NHK)
昨年パヴァロッティの死去が大きく報じられた.奇しくもそのパヴァロッティがイタリアでデビューした1961年,日本ではデル・モナコのオペラ公演が行われていた.当時は引っ越し公演など思いもよらない時代で,数人の歌手と合唱団が来日し,NHK交響楽団と三期会などが演奏を行った.ずいぶんと評判を呼んだ公演だったようだ.

聖なる館/レッド・ツェッペリン
今月10日(英国時間),27年ぶりに復活コンサートを行ったツェッペリン.「ボンゾ(ジョン・ボーナムの愛称)以外のドラムスの前で歌う気はない」というプラントの言葉で1980年解散が決まったが,そのボンゾの息子をドラムスに迎えて,一夜限りの公演となった.

Camomile / Emi Fujita
逆輸入なのだそうである.勝手な物で,藤田恵美本人はそんな風には思っていないだろう.香港,台湾,韓国でなぜかCDが大ヒットを続け,そのご褒美?で国内でSACDによるベスト盤の企画が出たらしい.そんな記事を読んで「持っていたはずだ」と思い探してみると,無事Camomile三部作が出てきた.2001年のCamomile,2003年のCamomile Blend,2006年のCamomile Classicsである.

Mravinsky / Beethoven : Symphony No.3 "EROICA"
ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」.この曲は交響曲というジャンルにおける巨大な分水嶺となっている.この曲以前とこの曲以降で,交響曲は大きく姿を変えている.それは曲の規模,型式,オーケストラの配置や,楽器の構成にまで及ぶ.バッハ,ハイドン,モーツァルトに至る黎明期を経て,交響曲は大きく変貌を遂げたのである.

Celibidache/Wagner Orchestral Music
ワーグナーのオーケストラ曲の中で最も彼らしい名曲はといえば,タンホイザー序曲であろう.元々の楽劇の出来の良さもさることながら.楽劇「タンホイザー」を知らない人でも,この曲の良さは判るのではないだろうか.私にとっては貴重なリラックス・アイテムの一つである.

ホワイトハウス・コンサート
スペインが誇る二人のパブロは,ほぼ同じ時期に生まれ,同じ年に死んだ.一人は近代絵画の巨人ピカソであり,もう一人はチェロの近代的奏法を考案し,独奏楽器として認めさせ,バッハの死後初めて無伴奏チェロ組曲を全曲演奏した,パブロ・カザルスである.

Big Wave / 山下達郎
余りの暑さにうんざりしていたかと思えば,少しでも涼しくなるとゆく夏を惜しむ気持ちが出てくる物だ.こういった気分に最適な一枚はこれであろう.なんと1984年リリースのアルバムだが,未だに廉価版になっていない.多少なりともマリンスポーツに興味のある者ならば,まず持っているに違いない.不思議なことに暑い盛りより,少し夏に翳りが見えるこの時期に本当にマッチするのである.

Karajan / Vienna Philharmonic Orchestra
カラヤンに批判的なことを言っているので,聴かないと思われるようだが,それは演奏による.例えばR.シュトラウスなどは些か作為的な感じはするものの,嫌いではない.更に言えば50年代から60年代の初頭までは別人のようだったと思う.この惑星も今通常に流通しているベルリン・フィル盤ではなく,61年のウィーン・フィルとの録音である.

13/71 Sony Music
買い物帰りの電車の中で,iPodの操作を失敗し,聴こうと思っていなかった曲を再生した.そんなつもりでは無かったのに,危うく泣けるところだった.曲は尾崎豊の十七歳の地図だった.尾崎豊は私にとってはリアルタイムの音楽であり,当時は良く聞いていた.1992年に彼が死んで,その後の異様なブームに些か閉口し,意識的に遠ざけていたように思う.

Beethoven Piano Sonata 28,29 / Mitsuko Uchida
内田光子はベートーヴェンのソナタを逆から録音している.これは意図があるのか,たまたまそうなっているのか.氏自身の口から語られていない以上,我々はゆっくりしたペースに苛立ちながらも待つしかない.それにしても,と思う.「女性の」などというと,ジェンダーフリー論者に攻撃されそうだが,やはり力強さをそれほど望めない女性のピアニストが,ベートーヴェンのソナタを録音するなら月光や悲愴と言った,比較的弾きやすい名曲から選んでもよさそうだが.

Grieg/Schumann Piano Concerto S.Richeter
久しぶりにこのCDを聴いた.リヒテルはいくつか他の追随を全く寄せ付けないような超絶的な録音をのこしているが,このロマン派を代表する2曲はそうした,比較対象さえ思い浮かばない様な録音のひとつである.ここにおけるリヒテルはまさに完璧で常に冷静なテクニックと,美しい詩情という二面性を明確に顕している.まさにリヒテルの真骨頂とも言える.

Kogan / Heifetz
シリアスの権化の様なベートーヴェンは,時として意外なほどチャーミングな旋律を書いた.この唯一のヴァイオリン協奏曲はその代表的な曲と言える.その意味において優しい演奏が受け入れられる曲なのだが,そう言う演奏は少ない.1981年に録音された,このコーガンの演奏は中でも何かが乗り移ったような演奏で,この曲の私にとってのベスト盤である.

アーノンクール/イ・ムジチ
かつて日本国内で恐らく最も有名になったクラシック・レコードがある.それが写真左のSACDである.ちょうど団塊の世代くらいの人々には,このジャケットに見覚えのある方も多いのではないだろうか.60年代を通じて,普通の家庭にある唯一のクラシック・レコードという,輝かしい地位を永らく保っていた稀有の存在であった.

1951 Bayreuth/1954 Lucerne
昨年12月9日の記事でこの2枚のBeethovenの交響曲第九番を紹介した,今回紹介するのは同じ日の録音であるが,今まで世界中で使用されたオリジナル・マスターとは異なるマスターから起こされたCDである.ルツェルンの録音(写真左)は昨年先に発売され,今月になってバイロイトが発売された.よくぞ残っていてくれたものだとしか言いようがない.

Tennstedt/London Phil Barbirolli/New Philharmonia
「のだめ」ブームになって久しい.プロの楽団員達の間で火が付いたこのコミックの人気はやがて一般の人々に広がった.クラシック業界は低いレベルで安定した世界である.クラシック・ファン以外の人々に注目されるようなことがあると,業界のみならず,ファンもこぞってそれを後押しするような傾向がある.

Janis Joplin / KOZMIC BLUES
閉店するCDショップの閉店セールで見つけた一枚である.「閉店売り尽くし」などと言っても,チェーン店だと売れ筋の商品はいち早く別の店舗に遷してしまうし,よしんば本当に閉店する場合でも換金価値が有れば閉店セールで投げ売りする必要もない.以前別の店では,値段が下がる前の日に焼けたDVDを3割引といって売っていたが,現在の値段よりまだ高かった.

John Coltrane / A Love Supreme
ここに来てCDショップの閉店が相次いでいる.CDシングルの売り上げがついにダウンロードに抜かれたらしい.またCDを買うにしても,万引き対策に悩むショップよりも,在庫の必要がないオンライン・ショップの方がビジネス・モデルとしても成立しやすいのだろう.しかしそれでは,書店の場合もそうだが,出会いがない.今日のこの一枚もそうだ.

朝比奈/新日フィル ブラームス交響曲全集
90年以降,朝比奈は大阪で二回,東京で3回,10年の間になんと5回のブラームス・チクルスを行っている.その10年の第一回目は,90年にオーチャード・ホールで行った.88年から89年に掛けて行ったベートヴェン・チクルスの成功を受けて行われた.次は94年から阪神淡路大震災を挟んで行われた大阪公演.96年に東京サントリーホール,これはシカゴ公演を挟んでいる.98年に再び大阪,これは好評を博したが録音されていない.そして,この録音2000年から2001年春にかけて行われたこの公演である.
ベートーヴェン交響曲全集
音楽の記事が続いて恐縮である.しかし,たまたま今月は期待の新譜が重なった.このところ名演奏をSACD化する動きが静かに進んでいる.これもPlayStation3の賜だろうか.SACDの規格を保持しているSONYとしては思惑が当たったのだろうか?ゲームは不振だが.とにかく,以前先駆けてSACD化されたベルリン・フィルとのブルックナー選集以来の,SACD化である.

ZENPHによる55年の演奏の再創造
なんという驚くべき技術であろうか.ヤマハの自動演奏ピアノの技術は有名である.最近は,ピアニストの演奏をそのまま数値化して,ネットワークを通じて離れた場所で再現する所まで来ている.この技術は家庭用に,MIDIファイルをそのまま演奏する,Disklavierブランドでお馴染みだ.ここではその10倍の精度で演奏するDisklavierProが使用されているが,今回はさらに,ドイツのゼンフ・スタジオが開発した,ピアノ録音から,タッチの強弱やペダルの踏み込みの深さまで数値化する,その名もゼンフ・プロセスがグールドの演奏を再現したのである.

Scorpioms / VIRGIN KILLER(1976)
Rockの名盤といえば,このアルバムを外すことは出来ない.前回紹介した"Never Mind..."と同じ1977年にリリース(日本において)されたドイツ出身のスコーピオンズのアルバム,「VIRGIN KILLER」である.このアルバムの写真からして挑発的かつ,インモラルな雰囲気がこのバンドを象徴している.これは1995年リリースのリマスター盤であるが,2000年に国連で採択された児童ポルノに関する議定書の発効を前に,1999年日本でも「児童ポルノ防止法」が施行されており,現在はこのジャケットは差し替えられている.

Never Mind the Bollocks / Sex Pistols
Rockの名盤を挙げるとき,必ず上位にランクする一枚だろう.ローリングストーンズ誌で,歴史に残る名盤のアンケートで,ビートルズのサージェントペパーズに次いで二位にランクしたこともある.予約だけで12万枚を超え,一年後にゴールドディスク(50万枚),最終的にはプラチナディスク(100万枚)を記録した.配給元のワーナーと散々揉めたあげく,ろくなプロモーションもなかったにもかかわらずである.

Mravinsky / Tchaikovsky No.6
この曲に関して歴代の名演を上げるとき,この盤が間違いなくトップを飾るだろう.オーケストラは大勢の人間で構成されている.左端と右端ではそれぞれ相手の音が遅れて聞こえる.また天井への反響音,客席への反響音など,様々な残響が聞こえるので,一つの音を全員が一斉に出しても,通常は一つの音として聞こえることは無い.

Carlos Kliber / Bayerisches Staatsochester
昨年CDショップで珍しい物がないか物色していたら,店員に「モーツァルトが欲しいのですが」と尋ねる壮年のご婦人がいた.K(ケッヘル)番号で言うと,レクイエムが626番である.多作である上に,室内楽から宗教曲,果てはオペラに至る作品群から何を求めているのだろうか.店員が絶句していると,再び同じ質問をされた.流行のモーツァルトを聴こうと思い立ったのかも知れない.

ヨッフム指揮 "Carmina Burana"
その曲が,20世紀の作曲家オルフが作曲した世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」であると判るまでに3年もかかってしまった.恐らく,この曲の冒頭と,掉尾を飾る「運命の女神よ」を聴いたことが無い人は居ないのではないだろうか.映画,ドラマ,スポーツ中継といったありとあらゆるメディアで引用され,その頻度から言えば,今日ではベートーヴェンの5番を凌駕するであろう.
Horowitz('59)/Emil Gilels('73)
ベートーヴェンの熱情について,3回目の今回は,1959年のホロヴィッツ,1973年のギレリスの録音について.前回紹介したCDはホロビッツの65年の演奏会復帰後,74年に再び演奏/録音活動を停止する間の録音であった.1959年の録音は57年に演奏を停止し,62年にグラミー賞を受賞する間の復帰直後である.

朝比奈隆 シカゴ交響楽団 1996年アメリカ公演(DVD)
晩年の朝比奈隆がシカゴで客演した際の,一回目の公演の記録である.当時私はアメリカのマスコミのいささか悪意のある批評しか目に留まらなかった.そもそも日本のマスコミは自虐的なところがあり,批判されるとそれを大げさに取り上げる傾向が強い.これを見ればそれらの批判が的外れで,クラシックを良く理解していない記者の記事で無かったことが良く判る.

THE END
今年はうまく嵌るアルバムにお目にかかれなかった.最後に来て,このTHE END(NANA Starring MIKA NAKASHIMA)がかなりハマッた.昨年の一作目の"NANA"のときに,このキャスティングのあまりのうまさに感心した.今作NANA2で終わりにすると,中島美嘉が宣言したが,これは納得できる.あまりに嵌りすぎて,自分自身のアイデンティティーの喪失感があったのでは無いだろうか.

The Concert for Bangladesh - George Harrison and friends -
バングラディシュがパキスタン東部から,139番目の国家として正式に独立したのは1971年12月16日.このコンサートは遡ること4ヶ月前,1971年8月1日,マディソン・スクェア・ガーデンで行われた.ラヴィ・シャンカールの依頼により,ジョージ・ハリスンがチャリティ.コンサートを発案し,この歴史的コンサートは実現したのである.1970年4月10日ポール・マッカートニーのビートルズからの脱退宣言から1年4ヶ月の事である.

フルトヴェングラーの第九(CD)
「人類普遍の至宝」と謳われる芸術はいくつも存在する.こと音楽に関して言うなれば,マタイ受難曲と並んでこの曲がまさに該当するであろう.この曲は,他の如何なる曲とも同列に語られることはない.誰も「交響曲の一曲」という扱いはしない.この曲はあるいは「第九」と呼ばれ,あるいは唯「九番」と呼ばれることもある.9曲の交響曲を作曲した作曲家は,ベートーヴェン以降何人もいる.しかし,作曲家の名を冠することなく「九」という数字が表すのは,この曲しかない.
LeonhardtとGouldのパルティータ曲集CD
<<プレリュード,アルマンド,クーラント,サラバンド,ジーグ,メヌエット,その他の小曲から成るクラヴィーア練習曲集.愛好家の心情を慰めるために,ザクセン・ヴァインフェルス公の現職楽長にして,ライプツィヒ音楽監督なる,ヨハン・セバスティアン・バッハによって作曲されたもの.1731年ライプツィヒにて,作曲者より出版.市役所の下の故ボエティウスの娘宅にて受注>>

Beethoven Cello Sonatas Rostropovich/Richter
スヴャトスラフ・リヒテルの映像作品を探している方が多いようだ.殊に純粋な音楽以外の事柄に興味がない,というか寧ろそれ以外のことを自分がすることを忌み嫌っていたリヒテルの演奏は,殆どと言って良いほど残されていない.残されていても,このDVDのように共演者がいる場合が多い.