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ドヴォルザーク 新世界より

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Dvorak Symphony No.9 "From the New World"

余りに有名な曲で,改めて聴くのも気恥ずかしいような気さえしてしまうが,決定的な名演というものは無かったように思う.何しろ「曲の持つ力」はベートーヴェンのシンフォニーを凌ぐかとさへ思わせるほどだ.各楽章がそれぞれ独立してBGMに使われるような曲は,そうあるものではない.その意味で俗っぽいといわれることもあるが,このメロディーの美しさはそのような批判を黙らせる.

この手のオーディオ的に優れた曲はなんといってもカラヤンの独壇場である.実際すばらしい録音を遺している.そして「新世界」という位であるから,当然米国の楽団でバーンスタイン/ニューヨークフィルの録音もいい演奏だと思う.しかし何か違うのだ.

この曲もチャイコフスキーの悲愴と同じように,甘く切なく演奏するべき曲ではないのだ.やはり「民族的共感」が無くては,ただの感傷になってしまうのだ.個人的な意見だがカラヤンの演奏は感傷的だ.そしてバーンスタインの演奏は力みすぎているように思える.

このドボルザークにとっての「第九」は,決して「新大陸」を描いたものではない.民族的誇りと故郷へのオマージュに満ちている.その点においてこのノイマンとチェコフィルによる最後の「新世界」は,それらの違和感を払拭してくれるのだ.一体この指揮者と楽団で何度この曲を演奏しているのか解らないが,おそらく本当に最後の「答え」なのでは無いだろうか.

この名演がSACDで発売されたのは実に喜ばしい限りだ.5.1chのトラックは音の広がりがすばらしく,クリアなサウンドを楽しめる.

話が脱線するが,NHK-BSで放送したカラヤン生誕100年の番組で天野 祐吉が「スタジオ録音の方が音楽としては当然すばらしく,ライブはその場に居合わせた人の思い出としての価値しかない」というようなことをいっていたが,これはいささか反論したい.ライブの録音ですばらしい演奏を行うのは大変なことなのだ.その意味で緊張感が全く違う.

その場に居合わせて,共通の体験があれば,確かにそのときの感動を思い出す呼び水になるだろうが,ライブはノイズや,空気感に夾雑物が多く音楽に集中できないといっていたが,たとえ録音とはいえ,その「緊張感」を感じられないのは,鑑賞力が足りないのでは無いだろうか.ただし彼がカラヤンの演奏についてのみ言っていたのであれば同感だ.カラヤンの演奏は良くも悪くも「いつも同じ」だからだ.

Neumann/Czech Philharmonic Orchestra
Dvorak Symphony No.9 "from the New World"
Octavia Records Inc
EXTON OVCL-00229

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