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2008年04月27日

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奉教人の死

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奉教人の死(芥川龍之介)

わたくし本人をご存じの方にはなかなか信じて貰えぬ事ながら,時として負の荷電に心が満たされ,鬱状態が続くことが間々ある.その様なときにはこの短編を読むことが多い.同じ閃輝暗点に悩まされた仲でというわけではないが,芥川のこの短編は,反応が鈍くなる負の状態でも何某かの働きかけを心にしてくれる.

あらすじは,村の娘が不義の子を産む.娘は相手は美形の修道士「ろおれんぞ」だと嘘をつく.このため「ろおれんぞ」は修道院を追放され,乞食に身を落とす.あるとき娘の家が火事になり,その子供が家に残された.どこからか「ろおれんぞ」が現れ,子供を救うが死んでしまう.村人は「やはり我が子」と言うが,娘は凄絶な「ろおれんぞ」を目の当たりにして,本当は隣家の男が父親だと真実を告白する.村人が「ろおれんぞ」を弔おうとしたとき「ろおれんぞ」が女であったことがわかる.

さてこれは果たして信仰を賛美する物語なのであろうか.「ろおれんぞ」は宗教を捨てているのである.ならば「無償の愛」なのであろうか.何も語らず敢えて汚名を受けたのは,娘のためになっているだろうか.むしろ自ら「如何に生きるか」という,自らの自己確認のように思われる.子供を救ったのもその自己を貫いたための犠牲に報いたように思われてならない.

生きるために何かをするのでも,何かをするために生きるのでも無い.ただ「如何に生きるか」その一点のみに人生を収斂させているのだと思う.その凄絶な「生」が,負に傾いた私の心を引き留めてくれるのである.生きる目的も,理由も何もない.ただ「生き方」にのみ意味があるとは,なんと険しい生であろうか.

「奉教人の死」
芥川龍之介著
新潮文庫
ISBN4- 10-102504-5

2008年04月26日

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Karajanの第九

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Karajan / Berlin Philharmonic 1977(Live)

生誕100周年でカラヤンの様々な音源が発売されている.中でもかなり評判を呼んでいるのが,このDVDであろうか.60年代後半から70年代を中心に,カラヤン・プロデュースで作成された映像は,かなり偏った映像で,楽器の演奏者は手元のみ,カラヤンも左からのアップや指揮をする手元が中心.オーケストラは全景以外は撮らないという妙な演出で,まるでイメージビデオのような変なものだった.

このベートーヴェンの第九はベルリンフィルと録音した2回目のベートーヴェン全集とほぼ時を同じくして録画された,1977年大晦日のジルベスター・コンサートのライブである.ベルリンフィルとの蜜月の最後を飾る演奏で,磨き抜かれた弦の響きがいかにもこのコンビらしい演奏である.

ただ全集と違うのはライブであるが故の緊張感である.映像もあの作り物っぽい演出はなく,普通のコンサートの録画らしい作りになっている.確かにさすがのベルリン・フィルにも一部管と弦のバランスが危うい場面もあるが,カラヤンの面目躍如たる颯爽とした演奏である.

スタジオの録音は破綻のない,上手な演奏にはなるが,楽章ごとに別テイクとなると演奏者の気持ちが,曲を通して同じにならない.さらに第一楽章から第三楽章まで同席していなかった歌手や合唱団は思い入れも違ってきてしまう.

そういった意味で全曲を通して演奏した方が「良い」演奏になるのは当然だ.ここで云う「良い」演奏とは,技術的に「上手な」演奏と云うことではない.BGMとして聞き流すにはそういった作り込んだ演奏の方がよいだろうが,「鑑賞」するには,このライブのような演奏の方が私は好きだ.

カラヤンのスタジオ録音の全集で違和感を感じている人は,是非このDVDの演奏を聴いてもらいたい.カラヤンの録音という意味では,私が初めて第九のLPレコードを買った1955年のウィーン交響楽団とのライブが一番すばらしいと思うが.(この音源も初CD化されている)

UNITEL CLASSICA
Herbert von Karajan
Berlin Philharmonic Orchestra
Beethoven Symphony No.9 CHORAL
2072408

2008年04月19日

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鮭のハラミのソテー

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鮭のハラミのソテー

二週続けて週末に体調を崩し,外食することもできず,かといって手の混んだだものを作る気力もないので,どうしたものかと考えつつスーパーに行くと,見事な鮭のハラミが.ハラミでこのサイズだと元の鮭本体はさぞ大きかったのでしょう.脂もかなりのっています.

これは焼くだけでもおいしくなりそうだと思い買ってきました.もう料理という程のものではありません.まずきれいに洗って,水分を拭き取り,良質のオリーブオイルをまんべんなく塗って,塩こしょうを軽く.あとはオーブンで焼くだけです.焼き上がったら乾燥バジルを振ってできあがり.

ただ塩焼きにするより,オリーブを塗った方が生臭さが消えて食べやすくなります.もしフライパンで焼く場合は,フライパンに魚をおいてから火をかけます.余熱は必要ありません.火は弱火です.蓋をしてもいけません.油が跳ね始めたら,魚の切り口をみて,どれくらい火が通っているか確認しましょう.2/3位の所まできていたら,裏返します.

この方法はハンバーグや鶏肉など,厚みがあって火が通りにくい食材に応用できます.ただし豚肉は蓋をして水蒸気を逃がさない方法が良いので,この方法は使えません.

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サラダは切ってドレッシングを掛けるだけですか?

会社で妙にしょっぱい弁当を食わされたせいで体調の悪さに拍車が掛かったようなので,カリウムを摂らなくては.ということで,簡単なレタスのサラダを.といってもサラダの味はシェフの試金石.うかつなものを作るのは,いささか問題です.

ちなみにN○Kで放送した,レタスをおいしくする方法を使ってみました.これは簡単です.50℃のお湯に2~3分浸けるだけ.これは手軽で本当に効果があります.レタスのいやな苦みが消えて,甘みが出るだけでなく,冷蔵庫でしなっとしたものが穫れ立てのようにしゃっきりします.

さてドレッシングなど市販のものは混ざりものが気になります.レタスを手でちぎったらボウルに入れ,エキストラバージンオイルを振りかけ,黒こしょう,醤油を少し振りかけ,よく混ぜましょう.このまま冷蔵庫に入れるなりして,少しおいてからさらに盛りつけます.

醤油は香りつけ程度なので,食べる前にほんの一降り塩を掛けてもいいでしょう.サラダに直接ドレッシングを掛けると上は味が薄く,底は濃くなってしまいます.あらかじめよく絡ませてから取り分けると,均一に味がつく上,皿の底に余分なオイルが残るようなことはありません.

2008年04月13日

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余った部品と乗られない自転車と

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FSAのBB(拡大)

月曜の朝,閃輝暗点が見えて,会社に着くころには軽い頭痛が始まった.何とか週内は保つかと思ったが,金曜の朝は背中の激痛で目が覚めた.昔第三頸椎が奥に引っ込むけがをして以来,疲労がたまり,周囲の筋肉に張りがなくなるとずれてしまう癖がついたのだ.この状態で仰向けに寝るとまるでエレファントマンのように呼吸が苦しい.

どうやらストレス・コントロールがうまくいっていないらしい.このところストレス管理は自転車に頼っていたのがまずかったようだ.当然花粉シーズンはどうにもならない.しかし,かくも体調が悪くてはそうもいっていられない.幸い杉花粉のピークは過ぎたし,南関東は檜はそれほど多くない.立方メートルあたり100個以下になればなんとか症状が抑えられると思うのだが,いつになることか.

写真はクランク交換で余った未使用のBB.なかなか未使用のBBなど見る機会もないので,思わず写真に撮ってしまった.せっかく交換した部品も使われぬままだ.下の写真は15kgまで量れるバネ式の手秤りである.これまで体重計に乗って,体重分を引いていた.

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15kg計

体重計がそろそろくたびれてきたし,体脂肪計測方法が旧式なので,新しいものに買い換えたかったのだが,これはいささか高かった.それでとりあえず10分の1の金額で買える手秤りを思わず購入してしまった.体重計は200gの計測密度だったが,こちらは計測密度も10分の1で20g目盛りである.

量ってみると7.8kgほどだったなにやら精度的に辻褄の合わないものを感じるが,こんなものだろう.とにかくこんなことをしている場合ではない.早く自転車に乗り始めたいものだが...花粉症に苦しむご同輩(自転車野郎の)はこの時期いかがしているのだろうか.

2008年04月06日

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ドヴォルザーク 新世界より

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Dvorak Symphony No.9 "From the New World"

余りに有名な曲で,改めて聴くのも気恥ずかしいような気さえしてしまうが,決定的な名演というものは無かったように思う.何しろ「曲の持つ力」はベートーヴェンのシンフォニーを凌ぐかとさへ思わせるほどだ.各楽章がそれぞれ独立してBGMに使われるような曲は,そうあるものではない.その意味で俗っぽいといわれることもあるが,このメロディーの美しさはそのような批判を黙らせる.

この手のオーディオ的に優れた曲はなんといってもカラヤンの独壇場である.実際すばらしい録音を遺している.そして「新世界」という位であるから,当然米国の楽団でバーンスタイン/ニューヨークフィルの録音もいい演奏だと思う.しかし何か違うのだ.

この曲もチャイコフスキーの悲愴と同じように,甘く切なく演奏するべき曲ではないのだ.やはり「民族的共感」が無くては,ただの感傷になってしまうのだ.個人的な意見だがカラヤンの演奏は感傷的だ.そしてバーンスタインの演奏は力みすぎているように思える.

このドボルザークにとっての「第九」は,決して「新大陸」を描いたものではない.民族的誇りと故郷へのオマージュに満ちている.その点においてこのノイマンとチェコフィルによる最後の「新世界」は,それらの違和感を払拭してくれるのだ.一体この指揮者と楽団で何度この曲を演奏しているのか解らないが,おそらく本当に最後の「答え」なのでは無いだろうか.

この名演がSACDで発売されたのは実に喜ばしい限りだ.5.1chのトラックは音の広がりがすばらしく,クリアなサウンドを楽しめる.

話が脱線するが,NHK-BSで放送したカラヤン生誕100年の番組で天野 祐吉が「スタジオ録音の方が音楽としては当然すばらしく,ライブはその場に居合わせた人の思い出としての価値しかない」というようなことをいっていたが,これはいささか反論したい.ライブの録音ですばらしい演奏を行うのは大変なことなのだ.その意味で緊張感が全く違う.

その場に居合わせて,共通の体験があれば,確かにそのときの感動を思い出す呼び水になるだろうが,ライブはノイズや,空気感に夾雑物が多く音楽に集中できないといっていたが,たとえ録音とはいえ,その「緊張感」を感じられないのは,鑑賞力が足りないのでは無いだろうか.ただし彼がカラヤンの演奏についてのみ言っていたのであれば同感だ.カラヤンの演奏は良くも悪くも「いつも同じ」だからだ.

Neumann/Czech Philharmonic Orchestra
Dvorak Symphony No.9 "from the New World"
Octavia Records Inc
EXTON OVCL-00229

2008年04月05日

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海老と青梗菜のオイスターソース炒め

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海老と青梗菜のオイスターソース炒め

4月になるといろいろ青菜が出てきます.おいしく青々としたままいただくには,中華が最適です.本日の一皿は海老とチンゲンサイのオイスターソース炒めです.中華は下拵えをするかしないかで,かなり出来上がりが変わりますが,逆に省いてしまっても大失敗はしないという利点があります.その辺が使い分けられると,レパートリーが広がります.

材料:
海老5~6尾(殻付き)
チンゲンサイ 2株
ニンニク 2片
調味料:
オイスターソース 大さじ1.5
酒 大さじ2
塩 ひとつまみ
こしょう 少々
以上は前もってあわせておく.
唐辛子輪切り 少し
片栗粉少々

下拵え
1.海老は背を割って,背わたを取る
2.中華鍋に油を熱し,油通しする(一瞬で充分)
3.チンゲンサイは洗って一口大に切る
4.中華鍋に湯を沸かし,油を大さじ1混ぜる
5.チンゲンサイをさっと湯にくぐらせる
ここまでは省略可能です.

1.海老に片栗粉を軽くまぶします
2.中華鍋に油を入れ熱します(強火)
3.みじん切りにしたニンニクを入れます
4.香りが立ったら海老を入れ,色が変わったらチンゲンサイをいれます
5.先に合わせた調味料と唐辛子を入れさっと絡めます

以上で終了です.

非常に簡単な上ゴージャスな一皿です.下拵えをちゃんとしても,それほど手間はかかりません.チンゲンサイはほとんどあくもないので,湯通しを行わずに生のまま炒めても大丈夫ですが,やはりきちんと湯通しした方がおいしくなります.海老も油通しした方がぷりぷりとした食感がよくなります.

やはり料理は一手間が違いになります.チンゲンサイは小松菜やブロッコリーに変えてもかまいません.青い春野菜を選べばバラエティーが楽しめます.海老は大正海老がいいと思いますが,ブラックタイガーなど,少し大きめの海老なら何でもいいでしょう.

殻を取ったものでもいいのですが,できればボイルよりは生,または冷凍が良いでしょう.殻をむいてあっても背中に包丁を入れると海老が開いて見栄えがよくなります.くれぐれも炒めすぎにご注意を.最初から最後まで強火で手早く炒めましょう.