内藤濯訳 星の王子様

星の王子様 内藤濯訳
いささか汚い本で恐縮である.1975年に発行された,この本の第39刷である.初版はなんと1953年である.実は本の内容を今更紹介したい訳ではない.2005年に岩波が所有していた翻訳出版権が消失し,様々な新訳が登場した.そのとき問題になった話題の一つが,「星の王子様」という邦題の命名に対する著作権であった.
ご存じかもしれないが,原題はLe Petit Princeであり,直訳すれば「小さな王子様」である.結局内藤氏の創作としての著作権は認められなかったようだが,これはいささか納得のいかないことのように思える.それはともかく,2005年以降,雨後の竹の子のように出た新訳の,意向は「訳が古くさい」という内容が多かった.
これは本当だろうか?いくつかの新訳を呼んでみても,この1975年に購入した本と同じ感動は得られなかった.訳本というものは,内容さえ通じればよいというものではない.訳し手の感動や,作家としての品格や実力が,訳本としての風韻を作るのである.
確かに内藤氏の訳は現代的な言葉使いとしては不自然な言い回しがあったり,単純な国語論で言えばおかしな言葉使いがあると思う.しかし,その言い回しが実に含蓄の深い感情を表現していると,思えてならない.一番「違う」と思ったのは,内藤氏の訳にある,行間の「間」である.呼んでいると,ゆったりと一つ一つの台詞の間に,間が開いている.話もゆっくりと進んでいるのだ.
訳が新しければ現代的で新鮮なのだろうか.私はむしろ独特の風韻が失われただけに思えるのだが.最近は女子高生に「時代劇言葉」を使うのが流行っているらしい.活字においても,こういう落ち着きと品のある言い回しを分かってもらいたいものだ.もっとも,「時代劇言葉」は,チャンバラ映画の創成期に発明されたもので,本当に侍がしゃべっていたと思うのは,いささか違うのだが.