生物の保護はなぜ必要か

生物の保護はなぜ必要か ダイヤモンド社
生物の保護が何故必要か,この答えを子供に教えることはなかなか難しい.いや大人でも正確に理解している人はいないだろう.大人ならば,このように少し難しい本を読んで,自身の脳を鍛えることも悪くはあるまい.当サイトのOldStyleを訪れる人には,この疑問文で検索した結果やってくる人も少なくない.
さて,改めて問おう,「何故生物の保護が必要なのか」.この問いには2つの答えがある.一つは生物を絶滅させることは,ロシアン・ルーレットの引き金を引くのと同じだと言うことだ.或いは積み木の山を崩さないように引き抜くゲームにも似ている.ただその結末として被る被害の大きさはやはりロシアン・ルーレットと呼ぶに相応しい.
地球環境は砂で描いた曼荼羅のように繊細で脆く,かつ様々な要因が複雑に相互依存したシステムだということだ.ほんの一点の崩壊が,システム全体に影響を及ぼす大破滅の引き金になるかも知れないのだ.
例えばツボカビによってカエルがいなくなった南米では,作物が育たなくなり村が無くなった場所がある.それはカエルが絶滅したことで,カエルを餌にしていた魚,猛禽類が減り.その結果虫が大発生し,ネズミも増え,ついには作物が大きな被害を被ったのである.このように,取るに足らないと人間の考える一つの種が消えることが,悲劇の引き金を引くのである.
もう一つの答えは,数十億円の価値がある宝の山をがらくたと思って捨てているのと同じだということだ.現在アマゾン流域の熱帯雨林では,毎日数百種類の昆虫,植物が絶滅していると言われている.ところがこれらの植物や昆虫から,不治の病の効果のある成分が抽出されたり,新たな機能性アミノ酸が発見されたりしている.つまり,絶滅を放置するのは,数十億の当たり宝くじを焼いてしまうのと同じなのである.
日本の自然環境に外来種の魚を放すような輩は,この死のルーレットに手を貸す愚か者である.一つの村が放棄されるくらいの影響は限定的なもので,もっと大きな壊滅的な打撃を人類に及ぼす引き金を,いつ引いてしまうか判らないのである.
そういう理屈をしかめ面しく,小難しくこの本は説いている.オトナは自らの責任として,このような本を読んで自分の脳を虐める罰を自らに科すべきであろう.
貴方は意味のないロシアン・ルーレットの引き金を引くか,それとも癌の特効薬をわずかな穀物のために焼き畑に変えてしまうのか.
「生物の保護はなぜ必要か」 - バイオダイバシティ[生物の多様性]という考え方 -
ウォルター V.リード
ケントン R.ミラー 共著
藤倉良 訳
ダイヤモンド社刊
ISBN4-478-8704-9 C0036