Tchaikovsky : Symphony No.6 'Pathetique'

Mravinsky / Tchaikovsky No.6
この曲に関して歴代の名演を上げるとき,この盤が間違いなくトップを飾るだろう.オーケストラは大勢の人間で構成されている.左端と右端ではそれぞれ相手の音が遅れて聞こえる.また天井への反響音,客席への反響音など,様々な残響が聞こえるので,一つの音を全員が一斉に出しても,通常は一つの音として聞こえることは無い.
しかし,ムラヴィンスキーが生涯をかけて鍛え上げた手兵,レニングラード・フィル(現サンクトペテルスブルク・フィル)との演奏においては,まさに一つの音が聞こえる.実際の公演では残響音の長さまでコントロールしていたという伝説の通りの一体感が,すさまじい切れ味を聞かせてくれる.
この録音が行われた時期(1960年),ムラヴィンスキーとレニングラード・フィルはヨーロッパ公演を行っている.チェロ独奏にロストロポーヴィッチを連れ,ショスタコーヴィッチが自作の公演に立ち会うなど,話題に欠かない公演旅行だったが,熱狂の要因は何と言ってもその演奏内容であった.
それまでヨーロッパの楽団による,チャイコフスキーの後期交響曲の演奏はとかくメランコリックな面を強調するあまり,極端なテンポの揺れ,レガートの多用が常習化し,そのことがこれらの曲の評価にまで影響していた.
しかしムラヴィンスキーの演奏は一切の虚飾を廃し,絶対音楽としての演奏に徹している.辛口とも言える演奏だが,「絶望」とは違う何かが,作曲者の心の奥底にあったことを示してくれる.このウィーンでの録音は,かつて2枚組で販売され,そのため5番が2楽章と3楽章の間で切れてしまうという最悪の構成で売られていた.
このオリジナル・ジェケットのシリーズでは,各曲を一枚のCDに納め,さらに最新の技術によるリマスタリングを行い,オーディオ的にも非常に良くなった.
ムラヴィンスキーとレニングラードのコンビの録音はあまりにダイナミックレンジが広すぎて,多くの録音が音割れをおこしたり,逆に絞りすぎて妙に平板に聞こえる物が多いが,ドイツ.グラモフォンの威信をかけたこの録音はその問題を解決している.
何れにしても,チャイコフスキーの「悲愴」を聞く場合に,絶対に避けることの出来ない一枚である.現在は発売されていないようだが,この録音は常に繰り返しリマスターされ,販売されているので,そのうちまた出てくるだろう.

1982年録音(ビクター盤)
同じ組み合わせで,他にビクターから比較的新しい時期の録音も出ており,そちらの方が音の生々しさは上かも知れない.ライブであり,ヒスノイズや,音のゆがみがあるが,最晩年のムラヴィンスキーの,こちらも鬼気迫る演奏である.
ちなみに22年を経過した2つの演奏で,演奏時間は各楽章で10秒程度の差しかない.最も差が大きい第三楽章で30秒である(一方はライブであるにも拘わらず!).ムラヴィンスキーの演奏が生涯に亘って揺らぐことの無かった証拠であると言えよう.