マタイ受難曲を理解するための一冊

マタイ受難曲 (礒山雅著 東京書籍刊)
マタイ受難曲はバッハの最高傑作であると同時に,西洋音楽の到達点であり,その後の音楽の源流であることは,2月18日,2月19日の記事で書いた.しかし音楽として聴いただけでは,マタイ受難曲の本質を理解する事は出来ない.かといって,キリスト者でない私にとって,聖書の記述を「事実」として受け止め,研究している西欧の学者が書いた本は,受け入れにくいものがある.
この本は日本のバッハ研究の第一人者,礒山氏の渾身の著作で,資料も含め500ページに及ぶ大部である.西欧の書籍と異なり,宗教的な視点とは一歩引いた立場から,冷静にこの音楽作品を見つめている.その多角的な分析は,神学的視点,音楽的な分析,さらにはバッハの伝記的なアプローチに及び,詳細を究めている.
この本にして,なおマタイ受難曲の全てが語られているようには思えないところがこの曲の懐の深さなのであるが,この本を読まずしてマタイ受難曲は語れない.何故ならバッハは漫然と,聖書のマタイ伝に音楽を当てはめたのでは無く,周到な神学的なかれの解釈と,精緻を極めた音楽的技法に,彼の信仰を形而上的に投影し,さらに幾何学的に総譜に様々なイコンを彫琢している.
このような奇跡とも言えるパズルを解くことは,簡単にはできない.音楽的にも,神学的にも素人である我々がバッハを理解し,マタイ受難曲の深奥に込められた祈りを理解する為に,この本は有り難い一助となるのである.

Nicolaus Harnoncourt指揮
このアーノンクールのマタイは,PCで自筆譜をめくりながら音楽を聴くことができる機能がついている.購入時期が古いので(Win95/MacOS8対応),今回試したら,残念ながら最新のQuickTimeでは再生できなかった.新しいバージョンが出ているのだろうか.
総譜の写真集なども探すとあるので,機会が有ればそういったマルチメディア的なアプローチを試みてはどうだろう.視角,聴覚,そして活字の資料を駆使してマタイを楽しむことは,きっと知的好奇心を満足させるに違いない.
第63曲bの合唱"この子は本当に神の子だった"の総譜に十字架が浮かび上がるようにし,さらにその真下に14の音符を並べている,こればB(2)+A(1)+C(3)+H(8)=14で自分自身の信仰を表明している.総譜の写真を入手して,はじめてこの眼で十字架が確認できたとき,肌が粟立つような戦慄を感じた.
有るかどうか分からないダビンチの暗号より,バッハの刻んだ真実のアイコンの方が余程魅力的である.
マタイ受難曲
礒山雅 著
東京書籍刊
ISBN4-487-79100-6 C0073