Beethoven Piano Sonata No.23 "Appassionata" Vol.3
Horowitz('59)/Emil Gilels('73)
ベートーヴェンの熱情について,3回目の今回は,1959年のホロヴィッツ,1973年のギレリスの録音について.前回紹介したCDはホロビッツの65年の演奏会復帰後,74年に再び演奏/録音活動を停止する間の録音であった.1959年の録音は57年に演奏を停止し,62年にグラミー賞を受賞する間の復帰直後である.
どうもホロヴィッツはあまり良い状態の時にベートーヴェンを録音していないようだ.とはいえ53歳,脂ののった時期の演奏であることは間違いない.やはり彼らしい派手で煌びやかな演奏であるが,72年の録音より骨太な感じがする.しかし寧ろ彼らしさが発揮されているのは72年の方だと思う.
対してギレリスの演奏は対照的なストイックさで貫かれている.どんなにロマンティックな部分も,ぎりぎりの所で一歩踏みとどまっているところは,如何にもギレリスらしい.彼の精神的な高潔さ,強さを遺憾なく発揮した演奏だろう.
「熱情」は,1802年の「ハイリゲンシュタットの遺書」のあとに始まる「傑作の森」.即ち,3番,5番,6番の交響曲を含む大作が続出する最中,1804年から翌年にかけて作曲された.「運命の動機」はこの時期の曲に繰り返し登場している.この曲は,現代のピアノとほぼ同じ機構を持った最新のピアノを贈られたことが,作曲のきっかけに成ったと言われている.
運命を受け入れたベートヴェンの闘争と,その果ての澄み切った精神の高揚を描いたこの曲は,やはり1960年代のリヒテルの2つの録音が私にはしっくり来る.胃の腑を圧されるような緊張感が,第三楽章のコーダに向かって解き放たれる,その開放感が心地よいのだ.

Glenn Gould('67)
最後にやはりこの人を取り上げて,「熱情」についてを締めくくりたい.とかくクラシックの愛好家,批評家は型式論や,「こうあるべき」という観念論を振りかざすが,グールドの演奏には,このような議論は無用だ.作曲家の思惑を超えて,曲そのものを再構築してしまうグールドの演奏は,聴く側の感性が試される,試金石のようなものなのだ.