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2006年12月31日

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THE END - NANA Starring MIKA NAKASHIMA

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THE END

今年はうまく嵌るアルバムにお目にかかれなかった.最後に来て,このTHE END(NANA Starring MIKA NAKASHIMA)がかなりハマッた.昨年の一作目の"NANA"のときに,このキャスティングのあまりのうまさに感心した.今作NANA2で終わりにすると,中島美嘉が宣言したが,これは納得できる.あまりに嵌りすぎて,自分自身のアイデンティティーの喪失感があったのでは無いだろうか.

実は隠れ中島美嘉ファンであったりする.ややハスキーな声が好きで,微妙なファルセットに艶があり,しかしいささか曲には不満があった.SONY系レーベルはよくキャラを見誤って,路線変更後に良くなるパターンがあるが,中島美嘉においても,このパターンと言えるだろう.

昨年のNANAでリリースされた"GLAMOROUS SKY"におけるNANA Starring MIKA NAKASHIMAの存在感は,まるで別人であった.中島自身も「演じる」ことで,なにか吹っ切れたものが有ったのだろう.今回のNANA2における"一色"はさらに強烈な個性を発揮し,見事な存在感を顕している.これはもう演技のレベルは超えて,中島美嘉自身の個性に融合しているように思える.

このアルバムは劇中歌ならぬ,劇中アルバムとして,映画のコンセプトに基づいて作成されている.そのためバックバンドのアレンジが全部同じなのが気になるが,NANAを卒業した中島美嘉が今後どのように変貌するのか,期待(と少しの不安)を抱かせてくれる,すばらしいアルバムだ.

2002年から2004年前半までは,彼女の個性を感じる曲が無かった.2005年の前半に髪を切った"桜色舞うころ"あたりから雰囲気が変わってきた.恐らく既にNANAの撮影にかかわっていたのかもしれない.AMAIZING GRACEはNANA色は無いが,明らかに中島美嘉の中で何かが変わっている.

NANA以後の中島美嘉に期待したい.

2006年12月29日

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The Concert for Bangladesh

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The Concert for Bangladesh - George Harrison and friends -

バングラディシュがパキスタン東部から,139番目の国家として正式に独立したのは1971年12月16日.このコンサートは遡ること4ヶ月前,1971年8月1日,マディソン・スクェア・ガーデンで行われた.ラヴィ・シャンカールの依頼により,ジョージ・ハリスンがチャリティ.コンサートを発案し,この歴史的コンサートは実現したのである.1970年4月10日ポール・マッカートニーのビートルズからの脱退宣言から1年4ヶ月の事である.

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LPのジャケットで使われた写真

ポーツ・マッカートニーやジョン・レノンが参加していないところが,ビートルズの解散が生々しい現実としてあった時期である事を物語っている.

LP世代の方には,この写真の方がしっくり来るかも知れない.パキスタンとの長年の紛争により,多くの難民が生まれ,低湿地が国土の殆どを占める東パキスタンでは多くの子供達が,不衛生な水による下痢とそのための脱水症状で死んでいった.治療方法は至って単純.ただ塩と水を与えることだ.そのための資金すらない状況で,このコンサートが果たした役割は大きかった.

ジョージ・ハリスン,リンゴ・スター,ボブ・ディラン,エリック・クラプトン,レオン・ラッセルといった大物が参加したコンサートは,かのウッドストックに匹敵する,エポック・メイキングなコンサートとして,人々の記憶に刻まれた.そして現在に至るまで,UNICEFのジョージ・ハリスン基金は寄付を続けている.そしてその後行われたミュージシャンによるチャリティー・コンサートの先鞭となったのである.

LP時代まだ子供だった私にはとても買えるような金額ではなかった,DVDになっても値段は同じ位だったが,時代は変わった.音質も思いの外良く,エリック・クラプトンとジョージが実際にWhile My Guiter Gently Weeps.を演奏している所を見られるのは感慨深いものがある.

ちなみにリンゴ・スターの「ドン・パン」ドラムも健在だ.やはりボブ・ディランの扱いは別格で,ジョージが随分気を遣っているのが分かる.クラプトンが完全に一歩下がって,ジョージの後ろに居るのが笑える.ミュージシャンとして引き立てられたこともあるが,奥さんを寝取っても気持ちよく許してくれた人に,足を向けられないといったところだろうか.

1970年代の雰囲気が良く伝わる映像作品である.

Warner Music Japan
WPBR-90530/1

2006年12月23日

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照明器具の破損

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付け替えて無事点灯

「主よ、このクリスマス、心の静けさをお恵みください。忍耐の精神と優しい心をお与えください。」今朝とある星占いのページをなにげに見ると,今週はこの言葉を心で唱えろとあった.超常現象も,UFOも,占いも信じたことはない.何を馬鹿なと一蹴したのだが.

明日は来客があるので,年末の掃除を少し進めておこうと片付け始め,ついでに蛍光管を変えようと思い,脚立を出して,外そうとした瞬間,プラスティックのホルダ部がぽろぽろと崩れ,しまいにはポッキリと折れてしまった.

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折れたホルダ(拡大)

写真を見ると分かるが,いちばん外側は下の部分が欠け,真ん中はほぼすっかり折れている.慌ててコネクタ部を外そうとしたら,こちらも折れてしまった.

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折れたコネクタ部(拡大)

この照明は,2000年の夏に購入したKOIZUMIの型番BHN336204Aである.細いタイプの蛍光管を使うが,42/37/20型の三本を使う.6年程でこの有様だ.購入当時はあまり疑問にも思わなかったが,プラスティックは経年劣化で可塑性が強くなる.その上熱にも脆い.交換しようとしたとき蛍光管はかなり熱かった.今にして思うと,こんな場所にプラスティックを使うこと自体,製品寿命を短くする行為だ.

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新しい照明のホルダ部(拡大)

甚だ不本意だが,事態は急を要する.明日の来客のおもてなしをするための買い出しをしなければならないのだが,兎に角先に照明を購入しなければならない.量販店に行ってみて驚いた,照明器具はむやみに多機能化し,単価が驚くほど高くなっている.

新しい蛍光管が有ったので,同じ組み合わせの物を探したが無かった.現在の製品は電力消費量がさがり,同じ出力で明るくなっているため,三本も使う必要が無いとのことだ.それでもプラスティック製は嫌なので,蛍光管のホルダが金属の物を探し,National製HHFZ5311にした.インバータ方式で,蛍光管を使っていても無段階調光ができる.

展示中の照明のカバーを外して廻ったら,店員がずっと後ろを付いてきた.怪しい客だと思われたのだろう.しかし,皆さんも照明を購入する際に,ホルダがプラスティックのものは避けた方が良いだろう.今回は蛍光管の交換時の出来事だったが,その内落下する危険も有ったと思う.

大掃除の際に確認することをお薦めしたい.

「主よ、このクリスマス、心の静けさをお恵みください。忍耐の精神と優しい心をお与えください。」本当にこの言葉を心で唱える一日だった.

2006年12月17日

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METROPOLIS - メトロポリス -

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METROPOLIS (紀伊國屋書店 KKDS-336)

あまりにも有名な作品であるが,果たしてこの作品を見たことのある人はどれ程居るのだろう.1927年ドイツのフリッツ・ラングが作成したこの映画は世界中のSF映画に80年あまり経過した現在において尚,大きな馘(くびき)と成っている.全てのSF映画の源流であり,いまだ超えることの適わない巨大な壁なのである.

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手塚治虫のメトロポリス

この映画がもたらした未来イメージ.即ち巨大なビルが群れをなす巨大都市.空中にハイウェイが走り,空を飛ぶ乗り物,そして光の届かない地下で生活する貧困層.実はこのイメージはハリソン・フォードが主演したブレードランナーでなぞられ,以後世界中のSF映画で繰り返し形を変えて引用される事になる.

日本では不幸なことに,日本アニメーションの源流である手塚治虫がメトロポリスに強い影響を受けたため,二重の馘となってしまったのである.地下の貧民街で行われるカーニバルにおける提灯や,歓楽街の名前が「YOSHIWARA」と呼ばれているなどの東洋的なイメージも,実は1927年に既にフリッツ・ラングが作り出していたのだ.

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ブレードランナー(1982年Warner Bros)

日本では押井守,大友克洋などは完全にこのイメージに囚われていると言えるだろう.手塚の作品にしても,手塚版メトロポリスはアトムなどその後の作品の原型になっている.その意味で日本のアニメーション(SF)が真に独自の世界を獲得するには,新たな世代を待たねば成らないのだろう.

海外の作品でも例えばトータルリコールなどは,完全にブレードランナーの世界観,即ちメトロポリスの世界観を膨らませた物に過ぎない.世の中にはこのような「功余って罪有り」というような作品があるものだ.

公開当初は2時間30分(1秒24コマで上映して)の大作だったが,当時映画作品の著作権が確立しておらず,様々なカット版が出回り,現在完全な形で原作は残っていない.このDVDは断片を丁寧に集め,字幕(無声映画です)を再現し,映像が残っていない部分も字幕に似せて説明を施すなど,苦心の編集を行っている.本DVDでは118分となっている.

2006年12月16日

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VX Revolution - Logicoolのノート用マウス -

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VX Revolution(拡大)

最近ノートを使う機会が増えて,マウスに対するフラストレーションが堪っていた.MXで慣れていたせいもあるが,プログラムのソースなどを開いていると,あのスムーズなスクロールが欲しくなる.まあボーナス時期でもあるので,思い切ってVXを購入した.マウスそのものに不満はないのだが,思わぬトラブルに巻き込まれてしまった.

ノートにSetPoint(Logicoolのマウス・ドライバ)をインストールしようとしたら,付属のCDに入っているバージョンが古いことに気がついた.ダウンロードしてノートに入れたが,ついでにMXを使っているメインPCも更新しようと思い,何も疑わずに入れてしまった.

と,どうだろうキーボードのレイアウトが日本語106に成ってしまった.コントロールパネルで,ドライバをMicrosoft101Keyboardに変えて再起動しても戻らなかった.Regeditを起動して,キーボードのパラメータを101に変えてみたがこれでも変わらない.Overrideのキーだけでなく,Layoutドライバの方も変えてみたら,今度はMXが動かなくなった上,やはりレイアウトは英語101にならない.

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パッケージ

いい加減諦めかけたが,ドライバの更新でよく見てみるとLogicoolキーボードに日本語PS2とただのPS2というのが見つかった.取り敢えずただのPS2に変えてみると,漸く英語配列に戻った.MXのレシーバのコネクタを抜いて差し尚したら,MXの動作も回復した.

考えてみると,SetPointの以前のバージョンはインストール時にキーボードを含むかどうか聞いてきた(3.01),今回の3.10ではこういう設定は無かった.キーボード・ドライバもLogicool製を使わないといけないようになったという事だろうか.

いささか不愉快だが,この暮れも押し迫った時期にOSの入れ直しなどしている暇もないので,今回はこれでよしとしたい.

最初から英語版のドライバを入れればこんな事は無かったのだろうが...しかし,何故キーボードのインストール確認が無くなったのか...

2006年12月15日

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Buffalo ちょいテレ(DH-ONE/U2)

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DH-ONE/U2の付属品一式(拡大)

試してみたいと思いながら品薄でなかなか手に入らなかったBuffaloの「ちょいテレ」です.待っている間に競合製品が出まくり,かつ様々なBlogやSNSで話題も出まくり,受信感度が悪いとか,事前の情報が有りすぎるので,ネタとして載せるのは止めようかと思いましたが,我が家の環境では些か印象が違ったのでその辺りを.

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CFとの大きさの比較

取り敢えずパッケージを開けて驚くのはその小ささである.ワンセグとは言えテレビの受信機がこんなに小さくてよいのだろうか.アナログ育ちの身としてはいささか隔世の感を禁じ得ない.ただのUSBフラッシュメモリと同じ大きさである.

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再生中の様子(拡大)

さて再生の状態だが,様々なBlog等で言われるほど受信できない訳ではなかった.こればかりは電波状況任せなので,感度に関する印象は人それぞれだろうとは思っていたが,我が家では全てのチャンネルを受信できた.勿論写真でも分かるように,ロッドアンテナではなくて,付属の外部アンテナを付けてはいるが,アンテナは外に出しているわけではない.南側の窓のより1m程のところに置いているだけだ.

テレビ東京,日テレがやや入りにくく,テレ朝も入らないときがあった.基本的に天気が良く,窓を開けていれば入るのだが.

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表示画面(拡大)

画面の表示だが,画像はこんなものだろう.元々期待していなかったが,その期待はどちらにも裏切られなかった.驚くほどの高画質でもなければ,がっかりするほどの低画質でもなかった.幸いネットで喧伝されるほどの画像の飛びもなければ,ノイズも無かった.

画面右側はサブウィンドゥで閉じることができる.また左側のテレビ表示部も下半分は閉じることができる.録画した映像はややノイズが多かった.また専用ソフト以外では再生できないので,便利に使えるとは言えない.

ただ,やはりロッドアンテナでは,外に出ても受信できない場合が多いようだ.NHK総合と,TBSは受信できたが,他は出来なかった.室内では100%アウトなので,出掛けたときに喫茶店などで文書を書きながら視聴しようとすると,不便かも知れない.季候の良い時期にオープンカフェでも利用しない限り,ロッドアンテナでは受信できないだろう.家にいるときは,テレビを見れば良いのだから.

2006年12月10日

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オリーブの海

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オリーブの海(白水社)

オリーブ・バーストゥは夏休みに自動車事故で死んだ.ある朝,転校してきたばかりで,目立たず,友達の居なかった彼女の日記の1ページを,彼女の母がマーサに届けに来る.マーサは同級生だったが親しく話した覚えもない.しかし,日記には「マーサと友達になりたい,マーサはクラスでいちばん優しい」と書いてあった.

私も全く思いがけないひとから,「あの時のことは忘れない,ありがとう」と,言われたことがある.人生というのはそう云うものなのかもしれない.思いの丈を届けたいひとにはなかなか伝わらず.思いもかけないひとに,密かに感謝されていたりする.

物語は12歳の少女マーサの何でもない夏休みの数日間を淡々と描いているだけだ.何か結論めいた事も,教訓になるような事もない.家族を好きになったり嫌いになったり,ゆらゆらと揺らめく思春期の入り口を静かに見つめている.

事故で死んだオリーブの日記は,マーサの心に微かなさざ波をもたらしたが,それ以上のことは無い.オリーブの死は,同級生のマーサにとっても日常の出来事の中に埋もれてしまう.小さな感傷を残すだけだ.

いま小さな命を簡単に投げ出してしまう.おさない人達にこの事を考えて欲しい.君たちの死は,親しい友人に取ってすら,日常の小さなさざ波に過ぎないのだ.誰にとっても人生は日々生きることがそれ程に苦痛なのである.ひとは二つの痛みを同時に抱えることは出来ないから,ひとの痛みまで抱え込むことはできないのだ.

この本はそういった事を,世をすねたり,諦観したりせずに,淡い色彩で静かに描いている.分かった風なことを云う大人の,役に立たない言葉を百万遍聞くより,どれだけ意味があるか知れない.

大人の人には,子供の頃の様々な出来事が懐かしく思い出されることでしょう.ここに描かれているいくつかのエピソードの全てに,心当たりがある人もいるでしょう.私もそう感じた一人です.海でおぼれそうになったときに,鼻の奥がきな臭いような,色々なものが遠くに見えるような感じ,不意に思いがけないひとから思いを託された時の動揺を思い起こしてください.

オリーブの海
ケヴィン・ヘンクス著
代田亜香子訳
白水社刊
ISBN4-560-02728-5

2006年12月09日

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Beethoven Symphony No.9 "合唱"

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フルトヴェングラーの第九(CD)

「人類普遍の至宝」と謳われる芸術はいくつも存在する.こと音楽に関して言うなれば,マタイ受難曲と並んでこの曲がまさに該当するであろう.この曲は,他の如何なる曲とも同列に語られることはない.誰も「交響曲の一曲」という扱いはしない.この曲はあるいは「第九」と呼ばれ,あるいは唯「九番」と呼ばれることもある.9曲の交響曲を作曲した作曲家は,ベートーヴェン以降何人もいる.しかし,作曲家の名を冠することなく「九」という数字が表すのは,この曲しかない.

ベートーヴェン 交響曲第九番ニ短調 作品125 "合唱".年末と言えば,この曲を取り上げないわけには行くまい.年末に第九を演奏するのは,ライプツイッヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団から始まったとされるが,詳細な経緯はあまり知られていない.日本では,NHK交響楽団の前身である,新交響楽団に就任した,ローゼンシュテットがゲヴァントハウスの例を紹介し,1940年代に始まったとされている.

さて,この曲をどのような演奏で聴くべきか,まず2枚のCDを紹介しよう.左はフルトヴェングラー指揮,バイロイト祝祭管弦楽団による1951年のライブ録音であり,第二次大戦後初めて再開されたバイロイト音楽祭の記念すべき第一回目の初日に行われた公演の録音である.

右側は,同じくフルトヴェングラー指揮,フィルハーモニア管弦楽団の演奏で,1954年ルツェルン音楽祭における録音である.どちらもフルトヴェングラー畢生の名演であり.第九演奏の一つの規範を以後に示した演奏と言われている.人々はこれらの演奏に敬意を払い,前者を「バイロイトの第九」,後者を「ルツェルンの第九」と呼び,他の演奏,他の録音と区別している.

もともと一貫した解釈に基づいて演奏する人なので,両者に大きな違いはない.録音は年代が下るルツェルンが勝っているが,演奏のキレはややバイロイトがまさっているだろうか.第三楽章の美しさ,第四楽章のコーダにおけるプレスティッシモの疾走と,途切れるように終わるオーケストラのキレは,肌が泡立つような感動をおぼえる.しかし有名な334小節のフェルマータの長大さが際だつのはルツェルンだろうか.ルツェルンは録音としても演奏としてもフルトヴェングラー最後の第九で,内容的にも彼の解釈の完成型ではないかと言われている.

戦争の終結がもたらした解放と歓喜に満ちた,清気溌剌たるバイロイトか,2ヶ月後の入滅を予感した入神のタクトか,聴く人が選べばよいだろう.この演奏のすばらしさを説明する良いエピソードがある.カラヤンの演奏を良く聴いている若い友人にバイロイトの第九を貸した.

普段本などを読みながら聴いていると言うので,「これでも同じ事ができるか?」と,CDを渡した.果たして次の日に「これは聴き入ってしまって何も出来ない」と言っていた.3人に試して3人が同じ事を言っていたので,私の暗示のせいではないだろう.

コンサートで感動したのは,晩年に朝比奈が,都響(だったと思う)を指揮した第九で,これがあのオケか?と驚くほどにすばらしい演奏だった.確かにホルンやティンパニーはかなり限界に追い詰められて,弦も何度も危機を迎えたが,今でもこの時以上に感動した第九のコンサートは無い.

CDでは,ベームの最後の演奏も紹介しておこう.あまりにテンポが遅く,2枚組になっている.ソニーがCDの規格を策定している時に,カラヤンと大賀典夫が話をしている中で,第九が一枚で納まる事が条件となった事は半ば伝説となっているが,ベームの演奏はそれを裏切ったようだ.評価の分かれる演奏だが,私は本当にベームらしさに溢れた演奏だと思う.

2006年12月03日

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大画面/デジタル化/ケーブルの山 その2

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リモコン(拡大)

基本のチューナーはテレビ,視聴も同じテレビとすることで,接続のイン・アウトが同じになってしまった.間にAVアンプを組み合わせるのに苦労した.アンプはSONYのTA-DA3200ESで,出力系をアナログ回路で設定した,マルチチャンネル・アンプという位置づけの製品で,どちらかというと音質重視系の製品であるところが,微妙に目的と外れた原因らしい.

ソニーお得意の商品企画のオーバーラン.D系端子が一つも無し.HDMIが入力2,出力1あるが他の映像入出力は全てピンプラグ.音声系は全ての系統にOPTICAL端子が用意されているという,偏った構成だ.テレビをSONY製にしてしまった以上,リモコンの事を考えると,アンプもSONY製が無難なのだ.もっとも,既存ののチューナーがSONY製だったので,どちらにしろ芋蔓的にSONY製になってしまったのだが.

接続は次の通り(左がアンプ)
1)TV/BS-SAT <-- テレビのデジタル放送出力
2)モニター出力 --> テレビのビデオ1入力
3)ビデオ1 <-- DVD/HDDデッキ(チューナーはアナログ)
4)ビデオ2 <-- 古いデジタルチューナー
5)HDMI出力 --> テレビのHDMI入力
※衛星アンテナ出力は分岐してテレビとチューナー
※壁のTV端子からの地上デジタル(UHF/VHF)はテレビに接続

問題は,DVD/HDDデッキにデジタルチューナーが無いので,これを経由した画像を表示しながら録画することは出来なくなってしまった.但し,現在表示中の画像が録画されるので,分かり易いと言えば分かり易いのだが.以前のヤマハのAVアンプは,RF入力の中継端子(IN/OUTスルー)があったので,テレビ出力もAVアンプ経由になり,非常に分かり易かった. 

テレビを見る場合,テレビに入った衛星の信号は,出力を通ってアンプのTV入力に入り,モニタ出力でテレビにと,ループバックしているが,自動的にループ信号は遮断されるらしく,モニタ出力によるテレビ視聴はできないようだ.もっともピンプラグ経由の画像はかなり劣化するようなので,これで良いのかも知れない.

既存チューナーはピンジャック経由で見るので,かなり画質が悪い.DVD/HDDデッキで録画する場合は,分岐したRF信号をチューナーから直接デッキに入れている.とここまででどう繋がっているのか,混乱するのでは無いだろうか.

テレビはKDL-46X2500,液晶の1080pハイビジョン(1920×1080)である.応答速度は8msライブカラークリエーションという明度色相の変化するバックライトを使っている.選択の決め手は,先にも述べた接続上の便宜と,やはり実際の見た目である.シャープAQUOSはダブルチューナーで使い勝手は良さそうなのだが,コントラストが強く,あまり好みの色系統ではなかった.

家で視聴した感じでは,液晶に対する「暗さ」の懸念は,全くの杞憂であった.それとハイビジョン放送の予想以上の画質の良さである.販売店の表示を鵜呑みにすると失敗するかも知れない.ああいう陳列ではノイズによる影響も大きく,また非常に明るいので,自分の家のリビングに置いた状態とはかなり条件が違うと思った方がよい.液晶の経年変化のスピードに対する懸念はこれから判るのだが.

おかげで,DVDや,DVD/HDDデッキで録画した映像がいかに品質の低いものか良く判った.やはりハイビジョン録画できるデッキが必要かも知れない...

今回の接続用に用意したコードだけで,¥15,000を超えた.電源ケーブルも含めて重さも2kgくらいになるだろう.AVアンプを使って5.1chサラウンドで視聴するというのは,一般的ではないのかも知れないが,なにしろ敷居が高いので,これからチャレンジする方は注意が必要だ.

スピーカーの音場特性をアンプのイコライザにセットして,全ての作業が完了するまで,足かけ二日,5時間近くを要してしまった.

付録:
テレビの設定は,次のとおり,設定料¥2,500を浮かせるために自分でやりましょう
1)B-CASカードの挿入
2)アンテナの接続
3)テレビの電源ON
4)地域設定
5)地上波のチャンネル設定
  我が家では,CATV信号による,手動スキャン
  アンテナを立てている場合は,AUTOスキャンできるはず
6)BSのチャンネル設定(これも地域設定がある)
7)CSは,加入済みならB-CAS変更が必要な場合もあり
  チューナーを変えないなら必要ない
8)B-CAS登録も必要(WEBでできる)
9)NHKに電話して,BSの「料金払え」表示を消すように依頼

松下電器の社長が以前,50型以下のサイズでフルHDは必要ないし,メリットもないと発言し,事実プラズマのフルHD化は50型以下では全く進んでいない.しかし,今回の購入で入念に画質の比較を行ったが,30型以上で1080pと780pは歴然とした差があった.40型前後の中型クラスでは恐らくプラズマは全く売れなくなってしまうだろう.調子の良かった松下も久しぶりに道を誤ったようだ.

本来反応速度が速く,寿命も液晶よりは構造的に長いと思われるプラズマを選びたかったのだが.ちなみに反応速度8msでもカメラを早くパンしたときに輪郭がぼやけ,眼のピントが合わない感じがして,一瞬眩暈を感じる.慣れるまでは時間が懸かりそうだ.

2006年12月02日

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大画面/デジタル化/ケーブルの山 その1

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46Vの大画面テレビ(拡大)

写真にすると大きさが判りにくい.横にあるPS2と較べてもいささか実際に受ける印象とかけ離れているようだ.人間が横に立てばいくらか実感があるのだろうが.2年にわたる積立貯金の後に大画面テレビを購入した.プラズマか,液晶か,1080Pか780Pか,メーカーは?様々な葛藤の末に決着を見た,大画面騒動の顛末は...

事の発端は一年前に遡る.地域のCATV会社と契約していたが,デジタル切り替えで現在のセットトップボックスではBSデジタルの視聴が出来なくなるので,デジタル契約に切り替えろと一方的に通知され,やむなく切り替えの申し込みをした.ところが,半年経ってもなしのつぶて,もうすぐ大リーグが始まってしまう.業を煮やし,CATVを打ち切り,CS110に切り替えた.

で,CS/BSデジタルチューナーを購入したところで,CATV会社も危機感を持ったのだろう,マンションの設備確認に来て,一ヶ月もしない内にデジタル化された.デジタル地上波は,マンションの設備として契約していなくてもCATVからの配信をデジタルチューナーで受信できるはずなのだが,どうも思うように出来なかった.

まあまだアナログ地上波も同時に配信されていたので,問題ないと思っていたが,デジタルチューナーと,アナログ地上波の視聴で,リモコンを変えたり,チューナーとAVアンプの設定を変えたり,いささかうんざりしていた.新しい機器で地上デジタルを試したかった.

結果,地上デジタルの受信形式にCATVというのがあり,その状態でスキャンを行ったら受信できるようになった.もしかするとこれまでのチューナーでもそういった設定が有ったのかも知れないが,まだ試していない.

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転倒防止パッド

テレビの設置には,いささか気を遣った.転倒防止のベルトが付属してきたが,ラックに穴を開けるのも面倒.そこで思いついたのが転倒防止のシリコンパッド.6枚を使って設置した,何しろテレビは思った以上に薄く地震の時が思いやられる.

これまで使っていたAVアンプは入出力が全てアナログなので,ここも思い切って買い換えた.同じSONYにしたのだが,いささか機種選択を誤ったかも知れない.画像のデジタル入力はHDMIのみ.あとは通常のピン入力.音声に関しては光ケーブルなどもあるのだが,D端子すらなかった.

おまけにちと考えなしにCS110のB-CASカードをテレビの方に切り替えてしまい,接続の難易度は一気に上昇.落ち着いて視聴できるようになるまでに3時間も懸かってしまった.

次回接続の苦難の道,画質,選択理由について紹介します.

2006年12月01日

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11月のアクセスログ解析結果

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11月のAccess Log(参照)

11月のアクセスログ解析結果をお届けします.総リクエスト数109,623,総ページ数33,951でした.先月より微増というところです.今月のドメインですが,未解決IPアドレスが大幅に減少し,その分中華人民共和国が大幅増となっています.ネット環境の整備が進んでいるという事でしょうか?珍しいところでは「セント・ビンセント及びグレナディーン諸島」というのがありました.恐らくは迷惑メールなどの送信を行うための情報収集のアクセスでしょう.

検索語句はエンコード関連が多いようです.iPod関連に拘わらず,H264がらみ,DVDからのエンコードに関連する検索がかなり多いのは,ブログ化依頼の傾向です.意外ですが,井伏鱒二の厄除け詩集関連がちらほら.「サヨナラダケガ人生ダ」の出所を知らない人が多いと言うことでしょうか.

相変わらずコピ・ルアク関係もほぼ毎日一件は必ずあります.根強い人気のようです.

このところアウトドアでの撮影の機会が減っているようなので,12月は少し増やしていきたいと思います.大きな樹のレポートも増やしたいのですが,春先に書きたい樹が多いので迷っています.