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YS-11の国内便完全退役に寄せて

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与那国便最終シーズンのYS-11(拡大)

明日2006年9月30日,沖永良部(15:55)->鹿児島(17:30)[JAC3806便]を持って,YS-11は日本の空から完全に退役する.私が初めてYS-11に乗ったのは,1980年代始めの八丈島便であったと記憶している.ジェット機と違い,プロペラ機特有のふわっとした立ち上がりが大好きだった.

その後,南西航空(現日本トランスオーシャン航空)の沖縄離島便に何度か乗った.1965年の初就航以来41年間,唯一の国産飛行機が,明日国内便から消える.この飛行機は,戦後アメリカによって解体された,航空機技術を後世に伝えるために始められたプロジェクトで,零戦,紫電改,隼,飛燕の開発に関わった,木村秀政,堀越二郎等5人と,昭和12~16年に大学を卒業した現役の開発リーダー達,そして昭和30年代に卒業した現役の若手技術者が,世代間の相剋に苦悩しながら作り上げた飛行機である.

YS-11の特徴は,航行時の静音,低振動にある.プロペラ機イコール,レシプロ機と思われがちだが,YS-11の心臓は垂直気筒のレシプロ・エンジンではない.ターボプロップ・エンジンという,半ジェット・エンジン型のエンジンでプロペラを回している.大きな出力を得られる反面,燃費が良くない.しかし,中距離の中型機向きと言うことで,採用された.「乗ってみれば静音性が判る」と,言えないのが残念だ,海外にはまだ現役機が有るらしい.とにかく私の知る限りで,最も乗り心地の良い飛行機だった.

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フライト中の窓から(拡大)

しかし,このプロジェクトは,商業用航空機の経験のない武家の商売で,経済的には惨敗に終わった.またタイミング的にも航空先進国の中小型機の開発競争に破れ,その後来る航空ブームの前に,力尽きてしまい.国内重工業各社の間に遺恨を残すのみの結果と成った.その後航空機としての安定性,メンテナンス性などが評価され,海外に転売された機を買い戻すような事も起きたのだが.

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講談社文庫 [YS-11 国産旅客機を創った男達] 前間孝則著

詳しくは,講談社から刊行された,写真の本に経緯が書かれている.興味のある方は,是非ご一読することをお薦めしする.特に技術者であるならば,読むべきであろう.新しい物を造る場合に直面する問題,各局面で,危機を打開する方法を,先輩達が辿った苦難の道で示してくれている.

再び航空機開発の機運は有るが,果たしてこの時に学んだ事が,活かされるのだろうか,それとも同じ轍を踏むのだろうか.少なくとも当時の重工業各社の,遺恨は未だ拭われていない様だ.

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