厄除け詩集 - サヨナラダケガ人生ダ -

井伏鱒二詩集(岩波)
本のカテゴリーが無いのは我ながら迂闊であった.売れるブログの条件はカテゴリーを絞ることだそうだ.浅く広げるより,「狭く深く」が原則だそうだ.しかしこのブログは「広く深く」なっているような気がしないでもない.兎に角,詩集である.引かないで貰いたい.タイトルの通り,あの「サヨナラダケガ人生ダ」である.
私が永らく求めて居たのは,井伏鱒二の「厄除け詩集」である.本というのは無いときには無いが,ある時にはあるものだ.残念ながら岩波文庫にして,「新仮名遣い」「現代漢字表記」となっている.こういう書物は,なるべくなら当時の仮名遣い,当時の漢字活字がよい.ましてや「ツアラトゥストラはこういった」では読む気が失せてしまう.
何故「ツアラトゥストラはかく語りき」ではいけないのか.表記や表現を簡単にして,読者が増えるようにという配慮なのだろうが,大きな間違いだ.表記を簡単にして,漢字を減らしても本を読まない人間は読まない.逆に本を読む人間は,表記が難しくても読むのである.従って出版社のこの対策は,読者を減らす方向に働いているのである.
いきなり話が逸れた.厄除け詩集には,漢詩の「戯訳」をした詩が載っている.元ネタは,江戸期に俗謡や俚謡に使われた,七七七五の型式で些か猥雑な表現で漢詩を訳した『臼挽歌』とうい本で,江戸期後期,石見国の潜魚庵という人の訳詩である.井伏は,これを亡父の遺品にあったノートから知り,自分なりの訳を施し(一部翻案もあり),「厄除け詩集」の中に収録したのである.
そしてその中の一作を,太宰治が愛し,度々引用,口誦したため有名になったのが次の詩である.
「勧酒」于武陵
勧君金屈卮 君ニ勧ムキンクッシ(盃の事)
満酌不須辞 満酌辞スルヲユルサズ
花発多風雨 花発スレバ風雨多シ
人生足別離 人生離別タル
金杯で君に酒を勧めよう
なみなみと注ぐが辞退は許さない
花が咲けば嵐が吹く
人生には別れの多いことだ
これを井伏はこのように訳した.
コノサカヅキヲ受ケテクレ
ドウゾナミナミツガシテオクレ
ハナニアラシノタトヘモアルゾ
「サヨナラ」ダケガ人生ダ
この訳を受けて,市井の研究者松下緑は,人生が「さよなら」だけだというのは言い過ぎだなどと批判をしているが,これは当たらない.井伏は「サヨナラ」の悲しみを堪えるため,人生は「サヨナラ」ばかりだと,拗ねて見せているのである.
元ネタになった潜魚庵の訳よりも品があり,かといって野趣を失っていない良い語感を持っている.ところで,大元の漢詩を作った于武陵は全く無名で,遠く離れた日本で,訳詩がこれほど有名になるとは夢にも思っていなかっただろう.
私のささやかな人生においても,「人生別離足ル」のである.
しかし,より味わうためには当時の活字,当時の仮名遣いが良い.やはり古本を探すべきか.