無伴奏チェロ組曲
Rostropovichの無伴奏チェロ組曲DVD(EMI)
ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(Mstislav Rostropovich:1927-)は1951年に旧ソ連でこの曲を演奏し,数々の賞を受賞.やがて西側にその実像を顕すと,彼こそはチェロの聖人カザルスの後を襲う者であると,世界中の人々が彼の演奏を絶賛した.しかし,その後彼はたまに一つの曲を公演にかけることはあっても,録音しようとはしなかった.(2曲録音したが,後に後悔している)
かつて,先輩に当たるオイストラフ,リヒテルとともに,カラヤンの指揮でベートーベンの三重協奏曲を録音したとき.カラヤンの商業主義に徹した態度に腹を立てたリヒテルに,商業主義に魂を売ったお調子者と烙印された彼だが,いささかそれは彼にとって酷であっただろう.
第二楽章のテンポが遅すぎると再録音を迫るリヒテルと,オイストラフに対し,「再録音より重要な仕事がある,それは撮影だ」とカラヤンが言い放ったのは有名な話で,そのときにロストロポーヴィッチがカラヤンに味方したことを,リヒテルは終生忘れなかった.
リヒテル,オイストラフは極端にストイックで,演奏も非常に内省的な内容のものが多い.選曲に当たっても,例えばオイストラフは終生,バッハの無伴奏ソナタとパルティータを演奏することはなかった.それはあまりに真摯に曲に向かい合うあまり,「自分にはその技術がない」と断定してしまったためだ.
芸術家としての生き方から言えば,誠に見事としか言いようのない生涯ではある.しかし我々ファンの身としては,彼の泰然として落ち着きのある演奏で無伴奏ソナタを聴きたかったというのが心情である.オイストラフにして技術がないと謂うなら,この世にこれらの曲を弾いて良いヴァイオリニストは現存していないであろう.この事がスラヴァ(Rostropovichの愛称)にして,64歳まで録音に踏み切れなかった理由であると後に彼は語っている.
さてDVDの内容であるが,全ての曲の冒頭にスラヴァ自身が解説を行っている.見事にピアノを弾きながら,主に各曲のPreludeについて構造を解説し,バッハの意図を彼なりに解説している.その解釈を聴いた上で曲を聴くので,かれの演奏の意図が非常に明確になり,まさに無伴奏チェロ組曲の新たな聖典と呼ぶに相応しい作品となっている.
特に最高音の調弦を通常のAからGに落として演奏する5番,5弦のチェロのために作曲された6番という,チェロ曲における最高峰の難曲を見事に弾ききっている.技巧的な完成度は当然のことながら,曲の陰影を見事に表現しきった演奏と言えるだろう.語る言葉はない是非皆さん自身で観て聴いて欲しいものだ.
また5番の解説において,和音について語る下りは非常に含蓄があり,彼のバッハ演奏における規範のようなものが明らかにされている.
スラヴァのファンは無論,バッハの無伴奏チェロ組曲のファンは必携のDVDである.かのカザルスの演奏を無伴奏チェロの旧約聖書とすれば,これは新約聖書と呼ぶに相応しい出来である.