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2006年08月27日

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Grand Mambo

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Grand Mambo

最近本は纏め読みが多い.畳で育ったせいか,椅子に座るのはどうにも落ち着かないので,フローリングでも,つい床生活になってしまう.そうすると,本を読む際の姿勢が非常に問題なのである.横になって肘を突くと,腰を痛めてしまう.かといって座って読むと腕を上げるのが懈い.これは長い映画を見る場合なども,同じ問題があり,横になって片肘を突く姿勢は実に腰に悪い.

そこで暫く考えたが,思い切ってDesign DreamsのGrand Mamboを購入した.なにしろ荷物が送られた時の大きさに仰天した,座り心地はなかなか良いのだが,改善して欲しい点もいくつかある.一つは腰の位置と,顔に位置にひれのような出っ張りが有るが,これをリクライニングするために倒すときの堅さが,上は固すぎて,下は柔らかすぎる.

肘掛け部は立ち上がるときに少し手をかけただけでも,内側にかちかちと入ってしまうが,顔の位置の物は広げるために内側に倒しきる場合は両手で抑えなければならないほど固いのだ.これは中身のウレタンの詰め方の問題だろうか.

もう一つは,内側におれる部分などの表面の生地の縫製なのだが,出来れば内側から多少引っ張って縫い込んであると,折ったときに生地が表面に出っ張って見苦しくならないのでは無いかと思う.最後に,別売りの枕について.実に使い心地的には絶対に必要なのだが,止める機構がまるで無いため,頭を載せていないと落ちてしまう.

合皮のバージョンなのでなおさら滑ってしまうのだ.カバーをかけて,摩擦係数が上がればあるいは止まるかも知れないが,これも購入者評価が些か悪いようなので,迷っている.どうもこの会社は,本体のデザイン以外は,いまいち工夫が悪いようだ.

取り敢えず,私は薄手の長座布団がちょうど真ん中に納まったので,それを敷いて,その端で枕を止めている.本体の使い心地が良いのが救いか.

2006年08月26日

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至高の名作 Godfather Part II

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Godfather Part I/Part II

ゴジラの記事で一作目を超えることは稀だと書いた.その例外中の例外の一つがこのゴッドファーザーである.Part Iでコッポラはその名を知らしめたが,Part IIにおいて,映画史にその名を永遠にとどめることになった.1972年当時,まだ無名と言って良いコッポラにここまでの大作を委ねたのは,ハリウッドの奇跡と言って良いだろう.コッポラを世に出すための,人ならぬ何かの力が働いたかのようである.

その結果,この名作が世に出ることになったのである.1974年度のアカデミー賞6部門(作品賞/監督賞/助演男優賞/脚本賞/美術監督・装置賞/音楽賞)を獲得したPart IIは,アカデミー賞の受賞内容を見れば解るとおり,助演男優によって畢生の名作となっている.

それこそは,今でこそ知らぬ者は居ない名優ロバート・デ・ニーロその人である.一作目で老境に入ったビトを演じたのはマーロン.ブランドだ.Part IIでは,若かりし日をロバート・デ・ニーロが演じているのだが,小首をかしげて話す様子,いやそれだけでなく声の調子や,話し方の細かな特徴まで,まるで本当に若い日のマーロン.ブランドその人の演じたビトそのものに成りきっているのだ.

演技と言うよりも,何かしら鬼気迫るものを感じる.まさにその後のこの名優を予感させるものがある.おかげで主演のアルパチーノはすっかり喰われてしまったが,映画全体がそれだけに収斂して,小さくまとまらなかったのは,コッポラの監督としての技量だろう.

イタリアの風景や,アメリカの下町の様子が実に印象的に,昔日の思い出としての曖昧さを見る者に残しながら,見事に描かれている.アルパチーノの演じる現在との対比が,見る者にして実に明確なのだ.

幸いなことに今はDVDでこれを見ることができる.長大な作品で,体力勝負になるが,是非Part IとPart IIをあまり間をおかずに見て欲しい.独立した作品でないことが,一層Part IIを引き立てている事が解るだろう.

ちなみに流石に三作目は些か外しているのは,ご愛敬であろう.

2006年08月25日

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子殺しが「生」の充実?

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本日のぴしゃーま(拡大)

18日付け日経新聞夕刊に掲載された,坂東眞砂子氏のエッセイは多方面で物議を醸し,新鮮さも無いので,今更何か書くのもつまらないと思っていたが,猫者としては一言必要かとも思う.どのみち,心に病を得ているとしか思われない発言なので,それ程目くじらを立てて批判するほどのことでもないのだが.

デカルトをはじめとする近代哲学において,動物は意識のない自動機械だとする二元論的な無味乾燥な議論の臭いがする.そもそも氏は,動物の「生」の本質は野生だと言っている.正論である.ところが,「従って避妊はしない」というところで,既に論が破綻している.飼っている時点で猫は野生ではない.

飼い猫の「生」の充実のために,社会的責任をとるため子猫を殺すということは,氏の言うところの飼い猫の「生」の充実の本質は「交尾」にあるということだろうか?痛みを引き受けてというのは一見「覚悟」のようだが,自分中心の「自己満足」でしかない.何故なら殺すことが猫に与える影響を考えるでもなく.自らの心の安定のための子猫殺しで有ることを,図らずも明らかにしているからである.

要するに,デカルト的に「動物の意識」など,存在しないかのようだ.本当に動物を飼っている,特にここでは猫を飼って居る諸兄諸姉に伺いたい.猫に喜怒哀楽は無いと思いますか?ブリーダーが子猫を取り上げたときに食欲不振になる母猫を,どう説明しますか?

これは機械的な反射ですか?氏の論は自己の精神の満足と,その行為を正当化する欺瞞に満ちている.決して痛みを受け入れ,責任を果たしているのではなく,少女漫画的な悲劇のヒロインを演じることに陶酔し,それを正当化しているに過ぎない.

第一「交尾」が「生」の充実なのか,あるいは「出産」が「生」の充実だと言っているのか判らないが,これは「母性」と「女性」に対する侮辱ではないか.野生を取り上げた時点で,その動物の生涯に責任を持つのは当然である(猫が厳密な意味で野生とは言えないだろうが).それは「交尾」を保証するすることなどではない.

何れにしろ,「食」以外の目的で継続的に生命を奪う場合,多くは精神の病に起因している.氏は心に病を得ているのであろう.気の毒なことである.

2006年08月23日

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水出しコーヒーで眠れない?

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水出しの器具(拡大)

本来は水出しコーヒーなどは邪道であると思っていました.しかし会社でまともなコーヒーを飲みたい場合,いろいろ考えなければ成りません.3シーズンはホットで良いので,携帯式のドリップペーペーなどを使えば,「ポットのお湯」に目を瞑れば何とかなります.しかし夏場はやはりアイスでしょう.と言うことになると,途端に大変な苦労が待ち受けています.

自宅でドリップした物を,ポットに入れて持っていくと会社に着いた頃には,酸化してすっかり味が変わっています.そこで考えたのがダッチ・コーヒー,所謂「水出し」です.ところが,これがまた巧く行きません.水を滴下する仕組みが,各社工夫はしているのですが,これという決め手は無いようです.写真の器具は三台目ですが,結局時々調整しないと,途中で滴下が止まってしまいます.

寝る前に準備して,朝起きるまでにすっかり抽出が終わっていると目論んでいるのですが,止まるんですこれが.結局夜時々起き出して滴下の状態を確認することに.うーん珈琲で眠れないというのは,こういう事ではないのだが,と思いつつ.

さて,何故水出しコーヒーは美味しいのか,それはコーヒーの旨味(コク)成分の仕組みに関係があります.コーヒーの旨味は実は「苦み」成分にあるのですが,これが曲者なのです.コーヒーの苦みの元は「褐色色素」つまり「焦げ」なのです.生豆に含まれる糖質やアミノ酸,油分が焙煎時の加熱によって結合したものです.

ところが,この褐色色素は誕生した途端にどんどん結合して,高分子化してしまいます.高分子化した「焦げ」は鋭く下を刺すような苦みになり,かつ舌に残るため,「キレ」の悪い味になるのです.実はこのように結合する前の小さな分子結合を持つ褐色色素B,C,は,水溶性が強いので,水出しにした場合,水溶性が低い高分子化した褐色色素Aより抽出されやすいのです.

水出しに限らずドリップでも,むら無く蒸らしてから,コーヒーが熱いお湯に長く浸からないようにお湯を注ぐことで,美味しいコーヒーを入れることが出来るのです.ただ水出しの場合はそれ程苦労しなくても,褐色色素Aを遮断できるので,その分実は手軽に美味しく入れられるのです.

ちなみに普通のドリップで美味しく入れるコツは,
1)30秒ほど蒸らす(蒸らしすぎない)
2)粉を窒息させない(お湯を注ぎ続けないで湯面が上下するように注ぐ)
3)適量を守る(豆10gでお湯100ミリリットル)
4)お湯を落としきらない(せこくお湯が落ちきるまで待たない)
※最後まで出し切ると,褐色色素Aが出てきます.

今晩もコーヒーで眠れない夜に成りそうです...

2006年08月19日

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Die Zauber Flote - 魔笛 -

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サバリッシュの魔笛DVD(UCBG-1161)

懐具合の悪いときに限って,というのは以前にも言ったような気がするが,やはりこれは真実らしい.かねてからLDで持っていたのだが,DVDにコピーしたものか,考えあぐねていたのが,ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮,バイエルン国立歌劇場による,「魔笛」である.なにしろソリストはオールスターで,夜の女王はグルベローヴァ,パミーナはルチア・ポップ,ザラストロはクルト・モルである.

初めて聞いた夜の女王がグルベローヴァだったのは,全くの偶然なのだが,ここで聞かせる"復讐の炎"のアリアは実にすばらしい.聴いていて澱むところは全くなく,一体いつ呼吸をしているのか判らない.頭の中で思い描く通りに歌いきってくれるのだ.

魔笛というオペラは,実に妙なテキストに基づいているため,途中で脚本が改編されたという通説が罷り通っている.単に主人公に定見が無く,心変わりをしたと見ることも出来るのだが,女性の味方だったのが,女性蔑視の教団に改宗してしまうダイナミックさはやはり不自然な感じがする.何度聞いても教団の領袖であるザラストロの理論は私には理解できない.

モーツアルトがフリーメイソンに加入したためだなどというが,それも疑問だ.だとすれば,その教義をもっと正当化するはずであるが,それにしては生を謳歌し,女性へのあこがれを歌うパパゲーノの重さが際だっている.本心は此方だと言わんばかりである.やはり単に脚本がダメなだけではなかろうか.

しかも,後半は音楽的にも間延びした部分が多く,些かうんざりしてしまうのだ.このオペラの醍醐味は筋立てやドラマ部には無く,ちりばめられたアリアのすばらしさにあるのだ.聴いたことのない人でも,通して聴いてみると,実はよくご存じの旋律に満ちあふれていることだろう.

ただ不思議なことに,脚本上の主人公であると思われるパミーナとタミーノには,すばらしいアリアが無い.ところが夜の女王,鳥打ちのパパゲーノ,ザラストロには名曲が用意されているのだ.やはり人間らしい生き方を讃えているとしか思えない.

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1997年のチケット

私が魔笛を実際に鑑賞したのは1997年のベルリン国立歌劇場の公演で,指揮はダニエル・バレンボイムであった.夜の女王はカメリア・ステファネスクという若い歌手で,まあまあ歌えていたように記憶している.

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アーノンクール盤(TELDEC)

CDで鑑賞する場合様々な名演のCDがあるが,グルベローヴァが夜の女王を歌っているのが,アーノンクールの録音だ.彼らしいいささか先鋭的な演奏だが,好みは別れるところだろう.DVDの4年後の録音だが,グルベローヴァの歌は些かDVDより切れが悪いように感じる.グルベローヴァの名を不動にした,1970年にウィーン国立歌劇場で夜の女王を歌った録音が有るのか,確認できていない.

2006年08月18日

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Remastered Gallery No.4 を追加

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Photo Gallery 04(拡大)

リマスターしたギャラリーを追加しました.テーマは「陸上の風景」です.世界各地のリゾートで出会った印象的な風景を集めてみました.もう少し整理できたら,パラオやホンジュラス,シパダンなども追加したいのですが.現状はこのぐらいが精一杯でした.フィルムが不明だったり,管理不行き届きが祟っています.

簡単に説明すると,上段左,ラヤンラヤンの風景です.リゾート開設間もない頃で,まだプールなどもなく.客用のコテージも10棟有りませんでした.常に水不足で滞在中体が塩だらけになって困りました.中央は,先代の小笠原丸の煙突です.左は小笠原父島を出航する際のFarewell Runです.皆さんお見送りありがとうございました.

中央の段左は,小笠原南島です.巻き貝の化石が沢山ありましたが,持って行ってしまうマナーの悪い観光客のため,その後立ち入り出来なくなりました.中央はメナドの海岸です.右はヤップの空港ビルです.下段左は大瀬から見た富士山,中央は与那国島西崎から見た,日本最西端の夕日です.右は那覇上空をドルフィン・エアーで遊覧飛行したときに撮影した,首里城です.まだ工事中でした.

ヤップは石貨銀行の写真が無いのが残念です.まだ旅慣れていない頃で,脚を伸ばせませんでした.メナドも同様です.せっかくスラウェシ島に行きながら,トラジャ村にも行きませんでした.こう見ると,心残りがまだまだあります.旅を再開できる状況になったら,まずその辺を再チャレンジしたいものです.

2006年08月15日

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カリブ海の思い出

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グレイエンジェルフィッシュ

写真のグレイエンジェルはカリブ海固有種のキンチャクダイ科の魚である.嘗て一度だけカリブ海に出掛けた事がある.カリブ海と言えば,なにやら原色の鮮やかなイメージがあり,太平洋とは違う生態系を持つ海なので,非常に楽しみにしていた.場所はホンジュラスで,ややカリブ海の中心部から外れた南の果てに位置している.

メインはドルフィン・ダイビングで,珍しくスクーバを使用してイルカと潜れる施設がリゾートに併設されており,餌付けをしたイルカを外海に連れて行き,一緒に潜ることが出来た.しかし,冒頭に述べた通り,なんと言ってもカリブ海だ.海中はさぞ原色に溢れる,鮮やかな海だろうと思っていたら,実際にはイメージとは随分違った.

グレイエンジェルからして,モノトーンで写真に撮るのが難しかった.全体に海は浅くて,白砂なうえ造礁珊瑚がほとんど無く,ソフトコーラルもベージュやグレーが多かった.カリブ海の原色のイメージは一体何だったのか.一つには陸上のイメージに原因がある.カリブ海各国の情熱的な国民性が,原色のイメージに結びついている.

もう一つは,欧米人とくに白人との色彩感覚の違いである.白人は多くは色の薄い虹彩をを持っており,そのため網膜の感度や,見やすい色温度がアジア人とは違っているのだ.海外の水中写真家の写真を見たときに,色がどぎつく感じたことは無いだろうか.水中写真に限らず,旅行のパンフレットなどの広告写真でも,ハッキリと違いが判ると思う.

彼等はハッキリとした色を好む,というかそう言う色でないとハッキリ見えないといった方が正しいかもしれない.そのため写真も印刷するときには原色を強調し,コントラストを強くするため,アジア人が見ると鮮やかすぎるくらいに見えてしまうのだ.

実は欧米人との違いは,色彩感覚だけではない.ダイビング中に外人に手招きで呼ばれると間違いなくサメかウツボだ.サメはともかく,日本人ダイバーにしてみればウツボなんて見飽きるくらいに見ているので,深場やあるいは逆に浅いところから呼ばれるのは非常に迷惑な話なのである.呼ばれて,「はぁ」という感じで,固まっていると「写真を撮れ」と身振りで催促される.

従って,まかり間違って外人の友人を作って一緒に潜るとその時のネガは,サメ,サメ,ウツボ,ウツボ,ワニゴチ,ウツボ,カサゴ...と言うような構成になってしまう.不思議なのは日本人が大好きな光り物に彼等が反応しないことだ.バラクーダやギンガメアジの群れを見ても,彼等はあまり反応しない.

一度,20mに居る私を45mの深場から呼んでトラウツボを見せてくれたお節介な彼を伊豆の雲見あたりに連れて行ってあげたかった.一本のダイビングで大好きなウツボを数十匹見られるのだから,さぞ喜んだことだろう.

2006年08月13日

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本日の境川サイクルロード

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難所その1(拡大)

境川に沿って通るサイクリング・ロードは,町田市,横浜市,相模原市,大和市,藤沢市と複数の自治体に跨っている.当然自治体によって,このような施設に対する考え方に温度差があり,また財政による軛(くびき)がある.以前にも,町田市,大和市,横浜市の部分の管理があまりよろしくないと書いた.

今日はもう少し,この辺について詳しく書こうと思う.町田市に関わる部分はとにかくロード周辺の環境整備が悪く,樹木が大きく道に被っていたり,土砂が流れ出したりと,いささか夕方以降は通りにくい雰囲気がある.無用にブロックを敷いた場所も多くあり,自転車に対する配慮は薄い.

横浜市を通る部分はほとんどが一般道になっている.赤字が大きいことも遠因となっているのだろうが,こういった市民サービスに対する投資意識の著しく低い自治体であることは夙(つと)に有名である.冒頭の写真は私が境川ロードで最も危険だと思っている場所で,瀬谷市内でロードがとぎれている箇所だ.線路の下を潜るのだが,ここはどういう訳か一方通行でもないのに,自動車が全くミラーを観ずに画面右から右折して通る.従って帰り道に奥から手前に通るときに,危うく自動車と正面衝突しそうに成ったことが何度もある.

さらに瀬谷のこの先の通りは,藤沢方面に向かって一方通行に成っているのだが,「自転車は通行可」の標識が無い.にもかかわらず反対方向から来た場合の道路の出口に「自転車道は左折」と,指示されており,一方通行を逆送することを前提にしているようなのだ.事故でもあった場合に裁判で揉めそうな表示である.今後何回かに分けて,このような危険箇所を紹介していきたい.

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藤沢大和自転車道終点の看板(拡大)

写真でも判るように,同じ道でありながら,藤沢市と大和市は独自に命名している.この表示では246との交差地点から,1号との交差までの18.5kmをこう呼んでいる.実際にはこの先町田の向こうまであるのだが(しかも途中横浜市の部分がかなりあるし).役所の小役人の考えることは理解を超えている.

さて本日の大迷惑は,自転車で犬を散歩させている老人.大型のマスチフで,太い引き綱を左手で持っている.朝の散歩をする方が多く,当然自転車は制動の機会が多いのだが,右手では前ブレーキしか使えないので,思ったように制動できない.おまけに大きな犬に引かれて,右に左に蛇行している.

片手運転も,蛇行も迷惑運転であり,法律に違反するのみ成らず,極めて危険である.おまけに,蛇行を注意したら逆ギレである.「何だって言うんだ」.此方が言いたいことだ.

次は格好だけの俄自転車野郎.定石通り形から入って,まっさらなメットやウェアで走っている.夏草が茂って,道幅が1mも無い場所が多いのだが,そう言うところで人や自転車と行き交う場合も,全くお構いなしで,スピードを緩めない.こういう場合は,スピードを緩め,漕ぐのも止めて,姿勢も起こすべきである.

大仰に前傾姿勢を取ってスピードを出している.本人は格好良いつもりなのかもしれないが,直のバカである.スピードを出したいなら街道を行けばよい.これはいい歳をして歩道を走る馬鹿と同じ次元で有ることを理解すべきだ.

2006年08月12日

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無伴奏チェロ組曲

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Rostropovichの無伴奏チェロ組曲DVD(EMI)

ムスティスラフ・ロストロポーヴィッチ(Mstislav Rostropovich:1927-)は1951年に旧ソ連でこの曲を演奏し,数々の賞を受賞.やがて西側にその実像を顕すと,彼こそはチェロの聖人カザルスの後を襲う者であると,世界中の人々が彼の演奏を絶賛した.しかし,その後彼はたまに一つの曲を公演にかけることはあっても,録音しようとはしなかった.(2曲録音したが,後に後悔している)

かつて,先輩に当たるオイストラフ,リヒテルとともに,カラヤンの指揮でベートーベンの三重協奏曲を録音したとき.カラヤンの商業主義に徹した態度に腹を立てたリヒテルに,商業主義に魂を売ったお調子者と烙印された彼だが,いささかそれは彼にとって酷であっただろう.

第二楽章のテンポが遅すぎると再録音を迫るリヒテルと,オイストラフに対し,「再録音より重要な仕事がある,それは撮影だ」とカラヤンが言い放ったのは有名な話で,そのときにロストロポーヴィッチがカラヤンに味方したことを,リヒテルは終生忘れなかった.

リヒテル,オイストラフは極端にストイックで,演奏も非常に内省的な内容のものが多い.選曲に当たっても,例えばオイストラフは終生,バッハの無伴奏ソナタとパルティータを演奏することはなかった.それはあまりに真摯に曲に向かい合うあまり,「自分にはその技術がない」と断定してしまったためだ.

芸術家としての生き方から言えば,誠に見事としか言いようのない生涯ではある.しかし我々ファンの身としては,彼の泰然として落ち着きのある演奏で無伴奏ソナタを聴きたかったというのが心情である.オイストラフにして技術がないと謂うなら,この世にこれらの曲を弾いて良いヴァイオリニストは現存していないであろう.この事がスラヴァ(Rostropovichの愛称)にして,64歳まで録音に踏み切れなかった理由であると後に彼は語っている.

さてDVDの内容であるが,全ての曲の冒頭にスラヴァ自身が解説を行っている.見事にピアノを弾きながら,主に各曲のPreludeについて構造を解説し,バッハの意図を彼なりに解説している.その解釈を聴いた上で曲を聴くので,かれの演奏の意図が非常に明確になり,まさに無伴奏チェロ組曲の新たな聖典と呼ぶに相応しい作品となっている.

特に最高音の調弦を通常のAからGに落として演奏する5番,5弦のチェロのために作曲された6番という,チェロ曲における最高峰の難曲を見事に弾ききっている.技巧的な完成度は当然のことながら,曲の陰影を見事に表現しきった演奏と言えるだろう.語る言葉はない是非皆さん自身で観て聴いて欲しいものだ.

また5番の解説において,和音について語る下りは非常に含蓄があり,彼のバッハ演奏における規範のようなものが明らかにされている.

スラヴァのファンは無論,バッハの無伴奏チェロ組曲のファンは必携のDVDである.かのカザルスの演奏を無伴奏チェロの旧約聖書とすれば,これは新約聖書と呼ぶに相応しい出来である.

2006年08月11日

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iPodで音が聞こえなくなった

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iPod 5G

先日,日々受け取っているアクセスログの中に,「iPod 音が聞こえない」という検索がありました.実は似た検索で,当HPに訪れた方が何人か居たようなので,フォローをしたいと思います.実は私も何度も経験していることです.私の記憶では,今年1月10日のUpdate後,この現象は頻発するように成りました.

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タイムカウンタが進まない

この現象では,上記写真の下に見える青いバーが進まなくなります.再生中の三角マークが表示されているにもかかわらず,です.当然バーの左右にある数字も変化しません.私の感触では停止後に完全に停止していない状態で,イヤホンジャックを抜くと発生するような気がします.

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スリープにしてみる

現象を確認するもう一つの現象として,「スリープにならない」というのがあります.「音が出ない」「スリープにならない」の二つが確認できれば同じ現象です.1月9日に紹介した,ハングアップ時の回復手順でも回復できる場合がありますが,時間が掛かるので,もう一つの方法を紹介しましょう.

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Holdスイッチ

まず上記写真のHoldスイッチをHold側にセットし,一瞬待ってから解除します.次にスリープにしてみます.この時直ぐにスリープ状態になれば,もう再生できるはずです.直ぐにスリープに成らない場合は,もう一度Holdからやり直したり,スリープにするために,ホイールのセンターボタンを少し長めに押してみるなど,バリエーションを持たせてみましょう.

私の場合は,これで100%回復しています.但し,これは私の自己流ですので,皆さん自己責任でお願いします.Apple社の機器と付き合うには,この程度の煩わしさを厭ってはいけません.我慢強く成りましょう.いつかソフトを直してくれるでしょう.

当HPでは,何の役にも立たない情報を垂れ流したり,自己満足のオナニー的HPに成らないよう,日々訪れるお客様の必要な情報を提供できますよう心懸けております.今回は検索語句からニーズを忖度させていただきましたが,掲示板やコメントで「こんな情報は」というリクエストを戴ければ,可能な範囲で対応いたします.

2006年08月08日

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夏野菜でラタトゥーユ

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ラタトゥーユのペンネ(拡大)

本日は夏バテと偏頭痛でダウン,昨日の帰宅時から歩くのがやっとの状態で,途中ヒールのおねいちゃんに抜かれる始末.ただひたすら寝ていても体力回復の見込みはないし,昼前に新聞を取りに行くと,駐輪場の更新の案内が来ていた.やむを得ず気合いを入れて出かけ,昼は無理矢理肉を食べたが思うほどには効かなかった.

駐輪場の更新手続きをして,帰りに夕飯の買い出しを.思いついたのは夏野菜のラタトゥーユ.体の芯の熱をとるキュウリ系のズッキーニ(ズッキーニはかぼちゃだ!),ビタミンとリコピンのトマト,スタミナ維持系のタマネギ,ビタミンCのピーマン.これだけ摂れば効きそうです.

■レシピ
・トマト,タマネギは半月状に切る(トマト大1個,タマネギ半分)
・ピーマンは1.5cm角に(1個)
・ズッキーニは輪切り(半分)
・鍋にオリーブオイルを大さじ1
・トマト,タマネギ,ピーマン,ズッキーニの順で鍋に敷いていく
.オリーブオイル大さじ1~2をかける
.塩,黒こしょうを少々,顆粒のコンソメを小さじ1

蓋をして,中火で10分ほど蒸し煮にします.水を使わずに野菜の水分だけで調理します.これだけで完成です.写真のようにパスタに掛けるもよし.ガーリックライスに掛けても良い.良く冷やしても美味しくいただけます.この料理の良い点は,野菜の臭いがあまりしないので,野菜嫌いの子供に最適です.

パルメジャーノを振りかければ,さらにバランスが良くなります.セロリなどの香味野菜を使う場合は,1cm角に切って,予めオリーブオイルでよく炒め,臭いを飛ばしてしまいましょう.

簡単なので時間がないときや,体調がいまいちの時に,直ぐに作れる上,夏野菜をたっぷり摂れます.
動物性のものが欲しい場合は,ベーコンやハムを入れればボリュームが出ます.

2006年08月06日

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今日あった色々なこと

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自転車のブレーキシュー

長年使って来た通勤自転車.ほんの7~8分の距離を毎日乗り続けて早7年.ブレーキがきぃきぃと煩いので,換えることに.先週一組買って,前と後ろで2個で良いのか?って,そんなわけもなく,追加でもう一組買い,本日朝付け替え.A→,B→というマークがあり,付け方には前後左右があるので間違えないように...いや,だからこの→は前を指すのか後ろを指すのか,せめてAが左か,Bが左か書いてくれればいいのに...

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ロストロポービッチの無伴奏チェロ組曲のDVD

先週から右肩が前に,左の腰が前にと体がねじれ気味だったので,10時に掛かり付けのF沢のカイロへ.帰りに汚いビルの3Fにある小さなCDショップによると,ななんとこんなお宝DVDが.神奈川を裏切ったM田市ではどこを探してもお目にかかれなかった.うーんきっとF沢市民でこのDVDを買おうという人がいないのか?

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Basterdの24巻

ついでに4FのU隣堂に行ってみると,Basterdの24巻,もうどうでも良い感じだが,途中で止めるのは極めて不愉快なので購入.日付を見て驚いた.おいおい丸二年ぶりか.

さらについでに先日F沢にオープンしたビッ○カメ△に...酒に自転車にゴルフ用品,相変わらず節操がないな.しかし,☆ドバシと較べてどこが違うかというと,いささかマニア度が薄いってことか?キーボード売り場に行っても,英語キーボードは一台たりとも無し.一般コンシューマ向け商品が非常に多いのだが,欲しい物はなかった.

地元に帰って,ヨーカ○ーで夕飯のサバ塩一夜干しを買って,この暑さでは氷が必要だと思い,客用の製氷器の所に行くと,20代後半から30代くらいの男性が,バケツ2つに氷をざっくざっくつめていました.後ろに並んでいようとお構いなし.

思わず一緒に並んでいた見知らぬおばあさんと顔を見合わせ首をひねってしまいました.ビデオにでも撮ってWEBに大公開してやろうかと思いましたが...最近スーパーやコンビニのゴミ箱に家庭ゴミを捨てたり,金がないわけでもないのに,子供の給食費を払わないバカ親がいたり,あまつさえ病院での治療費も踏み倒すなど,日本人のモラルの低落ぶりが叫ばれていますが,こういうのを目の当たりにすると,呆然としてしまいます.

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新しい歯ブラシの先(デンタプライド用)

最後は5年ぶりに買い換えた電動歯ブラシのはなし.本体はデンタプライドという型名になり,30秒/2分のタイマーがついて,振動の種類もクリーン/ソフト/マッサージの三段階に.電池も充電式の単三電池を使えるので,便利に(充電は相変わらず接点無しの誘導電流方式です).で,このブラシが...なんかプラ板が付いている.痛そうな感じがしましたが,使ってみると,最初は歯茎を引っ掻かれる感じがしましたが,使い慣れれば気になりません.歯の裏がツッツルになるし,成るほど歯の隙間もきれいになる感じが.歯ブラシも進化しているもんですなぁ.

おっともう一つ先日録画したULTRAMANを見ましたが,最近のこの手のリメイク物の中では一番出来が良いかも.興行的には成功しなかったようですが,最悪なデビルマンや,まあまあのキャシャーンよりも,映画としての完成度は上々でした(空中戦闘シーンのCGのしょっぱさには目を瞑って).何しろ,あの数人しかいない科学特捜隊なんて出てこないし,妙チクリンな新兵器も出てこないので,嘘くささが少ない.ゴジラもこういうリアリズムが欲しい物です.

2006年08月05日

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ゴジラへのhommage

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ゴジラVSデストロイアのDVD(1995年東宝)

夏休みに手持ちの録画した映画や,見ていないDVDを纏めて何本か見ていた.その内の一本がこれである.実は録画してあったファイナルウォーズを漸く見てみたのだが,余りの情けなさに口直しとして一作目のゴジラと,この写真のDVDを見た.ファイナルウォーズは一部の熱狂的なゴジラマニアには受けがよいらしいが,「映画」ファンの私としては,どうにも消化不良で戴けない.

些か冗長になるが,ゴジラ映画の歴史を振り返ってみよう.

1954 ゴジラ
1955 ゴジラの逆襲
1962 キングコング対ゴジラ
1964 モスラ対ゴジラ
1964 三大怪獣 地球最大の決戦
1965 怪獣大戦争
1966 ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘
1967 怪獣島の決戦 ゴジラの息子
1968 怪獣総進撃
1969 ゴジラ・ミニラ・ガバラ オール怪獣大進撃
1971 ゴジラ対ヘドラ
1972 地球攻撃命令 ゴジラ対ガイガン
1973 ゴジラ対メガロ
1974 ゴジラ対メカゴジラ
1975 メカゴジラの逆襲
1984 ゴジラ
1989 ゴジラ対ビオランテ
1991 ゴジラVSキングギドラ
1992 ゴジラVSモスラ
1993 ゴジラVSメカゴジラ
1994 ゴジラVSスペースゴジラ
1995 ゴジラVSデストロイア
1999 ゴジラ2000 ミレニアム
2000 ゴジラxメガギラス G消滅作戦
2001 ゴジラ モスラ キングギドラ 大怪獣総攻撃
2002 ゴジラxメカゴジラ
2003 ゴジラxモスラxメカゴジラ 東京SOS
2004 ゴジラ ファイナル ウォーズ

映画は何作作っても一作目を超えることは出来ない.長い歴史の中に稀有な例もあるが,いかなる巨匠であろうと,この摂理の外に在ることは許されない事実だ.「ゴジラ映画」ではなく単に「映画」として見たときに,長いゴジラ映画の歴史で1954年の作品を超える物は一作としてない.

ただオトナも楽しめる映画として在る程度のクオリティーを持つ物も何作かある.写真のゴジラVSデストロイアはその筆頭に挙げられる作品だと私は思っている.例の新兵器SUPER-X(今作は三代目)が出てくるところはいただけないが,それ以外には脚本の大きな破綻もなく,一作目へのオマージュとしてゴジラ映画の正統なる様式を受け継いでいる.

ゴジラとは何か,それは「怒り」と「破壊」につきると思っている.ゴジラがもたらす物は理不尽な「破壊」と死である.ゴジラには自我は無く,ただ「怒り」が在るのみなのだ.それが一作目でははっきりと描かれている.戦場のような病院と,累々たる死,瓦礫と化す街,人間の浅はかな知恵など何の障壁にもならない「破壊」.それを人間が生み出したことへの自嘲と苦悩.それがゴジラなのだ.

所謂平成ゴジラシリーズの掉尾を飾るVSデストロイアは,本来的にはゴジラの存在意義と外れる,「人間によるゴジラの利用」が描かれてはいるが,脚本が巧いのだろう,また「語りすぎない」演出も良かったと思う.

これ以外で言うと,2000年の手塚監督によるVSメガギラスは秀作で,その前年のミレニアムもまあまあである(秀作とは言えないが).と考えると三作続いて良い作品が出たと言えるが,そのきっかけを作ったのはVSデストロイアであると言えるのだ.

ちなみにファイナルウォーズの何がダメかと言えば,まるで人間の手先になって,思うとおりに働くゴジラもダメだし,変なドラマを入れようとして,中盤までドラマとゴジラが乖離し,接点がまるでない.終盤になって唐突にゴジラを連れて来て,怪獣をやっつけるといった理不尽な展開は失笑物だ.おまけに俳優陣が最低.さらに意味もなく色々な映画のパロディを入れているのが,ゴジラ映画が持つべき風韻を台無しにしている.監督も脚本家もゴジラ映画の意味を理解していないのではないだろうか.

個人的にはスーパーマリオのおっさんが笑えて好きだが,なんで吹き替えなんでしょう?

もしゴジラ映画が復活するのであれば,破壊と恐怖をきちんと描いた作品にしてもらいたいものだ.

2006年08月01日

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7月のアクセスログ解析結果

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7月のAccess Log(参照)

7月のアクセスログ解析結果をお届けします.リクエスト総数68,337,総ページ数15,180でした.今月のアクセス元レアドメインは.mil(米軍)です.これは「テ☆ド○」なんて言葉を書いた所為ですかね.とすると,このアクセスはかの悪名高いエ☆ュロ▲だと思われます.おおっ!て感じですね.ちょっと嫌なのが,.ru(ロシア連邦)の急増です.ロ連邦というと,悪質なハッカー,クラッカーの名産地ですから.

もう一つちょっと嫌なのが,whois.scによるアクセスです.つまりsilentseaドメインを狙っている人間がいるということ.最近ネットで話題になっていますが,whoisでアクセスされた,未登録のドメイン名は,次の日には登録されているという話です.つまりwhoisのアクセス状況がハックされているのか,内部的に情報を流出しているのか,あるいは契約でもしているのか,ドメイン名を売買して金儲けをしている会社とwhoisが何らかの関係にあるという事です.

ところで今月に入って異常に迷惑トラックバックが増えていますが,ほとんどは.lt(リトアニア)です.困ったもんですな.定番の笑える検索語句は「世界のうんち」,当方はそういうサイトではありません.夢のあるのは,「しろつめぐさ 指輪」,首輪とか冠の方がよさげですな.指輪は無理!

多さから言うと,今月はファーストトレーディング関連で,意外な判決が出たので,検索が多いようです.

念願の3ペインにカスタマイズを行い,カレンダー表示を行いましたが,休日祝日表示がうまくいきません.PHPではなく,JavaScriptの方法を使ったのですが,うまくいっていません.夏休みの課題,ですかねぇ.