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Beethoven Piano Sonata No.23 "Appassionata" Vol.2

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Horowitz と Rubinstein のCD

4月9日に,リヒテルの3種の録音,バックハウス,アシュケナージについて述べたが,今日は目先を変えて,ホロヴィッツとルービンシュタインの"熱情"について紹介しよう.ホロビッツの録音は1972年(68歳),ルービンシュタインの録音は1963年(76歳)であるから,どちらもやや盛りを過ぎての演奏と言える.

ホロヴィッツに関して言えば,技巧は未だ衰えず,まあ形容詞を付ければありとあらゆる形容詞を並べても,当てはまらないと言うことはないだろう.すばらしい演奏である.「ピアノ演奏として」は,なのだが.ルービンシュタインの演奏は,若い頃の粗暴さは無く,枯淡の境地に達し,ゆったりしたテンポで味わいのある演奏と言える.

宝石箱をひっくり返したようなホロヴィッツの演奏も,酸いも甘いも噛み分けたルービンシュタインの演奏も,しかし何故か私にはしっくり来ない.それは二人の演奏スタイルに色濃く残る19世紀的ビルトゥオジティとでも言うべき,大時代的な雰囲気にいささか食傷するからかもしれない.

すばらしい技術を持って,「どうだオレの演奏は」というような演奏に,私には聞こえてしまう.そこにはベートーヴェンの曲に込めた「想い」が置き去りにされていないだろうか.

特にホロビッツはそのディスコグラフィーを見ても,演奏会の曲目を見ても,バッハ,ショパン,リスト,シューマン,ラフマニノフ,モーツアルトとごった煮のようなメニューだ.私は曲目の一覧を見ただけで胸焼けがしてしまう.

演奏自体の芸術性も重要だが,作曲者の「想い」を表現するための「再現芸術」としての一面も,クラシックの重要なポイントであり,そこに演奏者の曲に対する「想い」が交錯するところが醍醐味なのである.私はどうもホロヴィッツの演奏は,その煌びやかな技術とは裏腹に,作曲者への思い入れや,曲に対する思い入れが欠けているような気がして成らない.

誤解しないでいただきたいのは,情感たっぷりの演奏が良いと言っているのではない.むしろ感情を抑制した演奏の方が好みである.言葉にすると難しいが,録音の鑑賞においては,その抑制された表現に垣間見える感情の余韻のようなものを私は愛している.

ホロヴィッツの演奏を愛するのは,「彼」の演奏そのものを愛することなのではないだろうか.もちろんあくまでも,私個人の意見に過ぎないが.

この2枚ではルービンシュタインの第二楽章における歌うような美しさに心を動かされた.そしてホロビッツの録音は,彼の奇跡のような名人芸を堪能できる.

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