香箱組んで昼寝して(9) - 猫好きの誉れ -

内田百閒 「ノラや」
内田百閒は夏目漱石門下で,いわゆる明治の文豪のひとりである.黒澤明の映画「まあだだよ」は,百閒の「まあだかい」の他,この「ノラや」も含む何作かを纏めて脚本にしている.他にも「阿房列車」など佳作が多い.独特の語り口で,いかにも明治という,中世と近代の入り交じった時代の空気を持った文章を書く作家だ.
このちくま文庫版は,「ノラ」シリーズと,その他の猫にまつわる短編等を纏めたもので,とりわけ猫との関わりが深い百閒の猫に対する思いを知ることができる.
「ノラ」シリーズは,百閒が偶然から飼うことになった,野良猫の「ノラ」との出会いと,絆を描く「彼は猫である」から,ノラの失踪により百閒が惑乱し,悲嘆に暮れる様を,まるでもう一人の百閒が見つめるかのように語る「ノラや」「ノラやノラや」「ノラに降る村しぐれ」「ノラ未だ帰らず」,そしてノラの後釜に座ったやはり野良猫の「クルツ」を語る「猫の耳の秋風」「クルやお前か」「カーテル・クルツ補遺」「ネコロマンチシズム」からなる.
ノラが失踪してからの百閒の取り乱し様は異常なほどで,滑稽で,大人げない.そして読み進むほどに,その滑稽が胸に染み,やがて百閒とともに滂沱の涙を禁じ得なくなる.猫を飼った者でなければ判らない,我が身との一体感.それを喪ったときに皮膚を引き剥がされるような「痛み」が,やがてリアリティを持って読む者に迫ってくる.猫を愛し,猫との別れを経験した者に,自分だけでない「痛み」を分かち合うことが出来ることを教えてくれる一冊である.
クルツは,百閒夫妻の元に来て,5年あまりで急逝してしまう.この時医師に向かって言った百閒の言葉を紹介しよう.
「兎に角,今はまだこうして生きているのですから,この生命の燈(ひ)を消さない様に,もう一度元気にしてやって下さい.お骨折りにのし掛かる様ですが,どうかお願い申します」
猫好きでない人にはとても勧められない,深遠(ディープ)な世界だ.