イルカとの出会い
1995年8月4日小笠原諸島嫁島付近の浅根で潜った時のこと.この日の一本目で,エントリーは9時54分.ポイント名はぶんぶん浅根.底の見えない深場からまるで何かのモニュメントの様に岩礁が屹立している.流れの速さが「ぶんぶん」の謂れだろうか.浅根といっても根の上が-20m以下で,そう長くは潜れない.潮が当たると,大物の回遊魚が期待できるので,根の上の珊瑚礁を散策しながら,回遊してくるメジロザメやハタタテの群れなどを見ていた.何人かはエアが危なくなったので,そろそろ減圧しながらあがろうかとガイドがサインを出していた.
今にして思えば,予兆はあったのだ.流れに乗ってきた大型回遊魚や,それらを狙うサメの姿が,その頃急に見えなくなっていたのだ.
-10mほどに浮上したとき,後方から「声が聞こえた」.と感じた瞬間,もの凄いスピードで5頭くらいのイルカが我々の前に現れ,エアの林をスラロームの様に縫って泳いでいる.一気に心拍が上昇し,思わず「行っていいか?」と,ガイドにサインを出してしまった.
このときはNIKONOS-RSに28mmをつけて持っていた.ちょうどイルカの群れに対し,私が先頭に近い位置に居たのは幸運だった.写真を撮ろうと泳ぎだした瞬間,「ザワッ」と音がして振り返った瞬間,群れの本隊がやってきた.総勢20頭余りの群れは我々を取り囲むと,それぞれのダイバーにイルカがつくような形で我々を観察し始めた.
写真のイルカは私の真正面に来てクリックしたり,右眼,左眼と交互に私を見ていた.かなり大きなイルカで,年もとっている様だったので,リーダー格のイルカではなかったと思う.真正面で相対した時間は実際にはほんの数秒だったかもしれないが,全体がスローモーションの映像のように,このときのことを鮮明に覚えている.
よくクリックされて痺れたとか言う話を聞くが,超音波によるサーチがそれほど人体に影響が有る物か,私には判らない.いずれにしてもこのときの感動と興奮は格別で,その後何度もドルフィン・スイムをしたが,同じような興奮と感動を得ることはなかった.もちろん海の中でイルカと出会うことは,その度に新たな感動であるのだが.「予期せぬ出会い」の感動とは違うようだ.
私はイルカ信者ではないので,特別な動物だとか,神秘的な生き物だとか,あるいは特別な力があるとは思っていない.しかし,あれだけ大きな生物と,同じ海の中で,なにがしかの交流を持つことは,得難い体験であり,私の心の中に何かが残ったのは事実だ.それは暖かい光のようであり,また海への情熱のような物かもしれない.
一体どれだけの人が一生の内にこのような経験が出来るのだろう.そう考えると,心の底から震えるような,すばらしい体験を与えてくれた小笠原の群青の海と,スキューバ・ダイビングを冒険からスポーツに変えてくれたクストーに感謝したい.
そして今は,旧知の友として,彼等の生命が人間の活動によって脅かされない事を望んでいる.
