マタイ受難曲とは何か(1)

Karl RichterのマタイDVD(UNITEL)
Karl Richterによる,マタイ受難曲のDVDがようやく発売になったので,この機にマタイ受難曲とはなにか,について改めて考えてみたい.バッハによるこの曲は1727年に初演され,以後バッハ自身の手で何度か改訂され,その都度演奏されたたと言われている.しかし以後メンデルスゾーンによって再発見されるまで,永く人々に忘れられていた.
マタイ受難曲はもちろん聖書のマタイ伝を元に,キリストの最後の一週間を描いている.この曲を理解するためには,キリストの「受難」とは何か,といったキリスト教の知識や,バッハの楽曲の理解,当時の世界観や世相,そして純粋な音楽的知識など多くの知識を必要とする上,3時間を超える大作で,最後までこの緊張感のある作品を聞き続ける体力も必要である.
私は実際にコンサートで聴くまで,この曲の意味,そして何よりもすばらしさを理解する事はできなかった.確か最初に聴いたのは聖トーマスだったと思うが,その後ゲバントハウスや,ミュンヘン,木の十字架など多くの演奏を聴いてきた.そして多くの文献を読み,講演を聞き,さらにはスコアまで見るにいたって,漸く私なりの理解ができ,この音楽史に燦然と輝く名曲を楽しめるようになった.
実際に,キリスト教的な「受難」の理解は最低限必要ではないだろうか?(単純な「キリストの死」ではない,ということ.)
まあ,テキストが字幕で表示されていると,純粋にキリストの受難を描いた音楽劇として楽しめないことはない.実際私の最初の「理解」もそこから始まっている.CDでは途中で疲れてしまうし,ブックレットのテキストを目で追いながら聞くと集中できない.字幕付きのコンサートで初めて集中して聞くことができ,素直に感動する事ができた.
私は今となっては一部でも聞けば曲のどの辺か判るし,大まかなテキストの内容も思い出せる.しかしそれでも,できれば日本語字幕は有った方がよい.(早く日本盤が出ないものか)
さて,西洋音楽の歴史はマタイに始まり,そしてそこですでに完成していると言われている.実際後世のクラシック音楽の技法は殆ど登場しているといって過言ではないだろう.4部に分かれた独唱,オーケストラ編成と一部楽器の独奏,登場人物ごとのテーマや楽器,リズムによる性格付けなど,あげればきりがない.
例えば現代音楽の代名詞とも思える不協和音も,バッハは既にここで使っている.しかもピラトのところで,キリストを罪に陥れようと嘘の証言を集める異教の祭司たちの相談を象徴する部分で使われている.つまり不協和音の持つ心理的な効果まで計算されているのだ.
更にバッハは多くの仕掛けを用意している.最後の晩餐の場面で,「この器からワインを飲め」という部分が11音からなり,ユダを除いた11人を示し,ユダの裏切りを示唆している.他にも鶏が鳴くまでに三度キリストを知らないというと予言されたペテロが,問い詰められて本当に「知らない」というときの音が鶏の鳴く声と同じフレーズになっていたり.
数字のマジックについて言えば,あるフレーズの音の数が,そのフレーズに関連する詩篇の番号に対応していたり,子供たちの年齢に関連づけてあったりと,本当にきりがない.
マタイ受難曲の楽しみは,このように聴くだけにとどまらず,スコアを研究したり,関連する書籍を読むことで,何倍にもなるのである.