ゴールドベルク変奏曲集
現在私の手元に3種のGoldbergがある.ひとつは1981年Glenn Gouldの二度目の録音(ピアノ),もうひとつはGustav Leonhardtの1975年の録音(チェンバロ),そして1969年にKarl Richterが日生劇場でライブ録音したものだ(チェンバロ).Sviatoslav Richterがこの曲を録音しなかったのは如何にも残念である.
リヒテルとグールドについては,そのうち詳しく語ろうと思うので,ここではゴールドベルク変奏曲について語ろう.この曲はロシア公使カイザーリンク伯爵が不眠症に罹っており,眠れぬ夜に14歳のゴールドベルクと言うお抱え音楽家にクラヴィーアを演奏させていたが,そのため伯爵がバッハに依頼して書かせた曲集であると言われている.
近年この伝説は眉唾とされているが,冒頭と掉尾と飾るアリア,自由変奏,2段鍵盤のデュエット,カノンという3曲を繰り返し,カノンの音程が1度ずつ繰り上がるといったシンメトリー構造などが,聴き手に物語を連想させる事から生まれた言い伝えかもしれない.
この三つの録音は,それぞれが全く違うアプローチで綴られているが,どれもすばらしい名演と言えるだろう.リヒターの演奏は骨太のゴシック建築を思わせる正統的な古典派の解釈と言えるだろう.グスタフ・レオンハルトの演奏は,実に煌びやかな万華鏡のような光に満ちている.そしてグレン・グールドの演奏はもっとも物語的で,聞き終わった後に寝物語に昔話を聞いたような安堵感がある.
演奏の形態としては,厳密に繰り返しを行うリヒターに対し,グールド,レオンハルトともに繰り返しを省くなど,にている点がある.演奏時間もアリアで比較すると,リヒターが4'14"であるのに対し,グールドは3'05"レオンハルトに至っては2"30"とリヒターの半分の時間で弾いている.
リヒターの演奏は,バッハ演奏はかくあるべしと云う手本のような演奏なのだが,レオンハルトやグールドの演奏を聴いた後だと,若干退屈に感じてしまう.
グールドはピアノで弾いているので別としても,レオンハルトとリヒターの録音は同じ曲とは思えないほど,解釈が違う.最もバッハ的であるのはリヒター盤だが,最もこの曲の性格を表現しきっているのはグールド盤のような気がする.レオンハルトの演奏は宮廷における即興演奏のような感じがする.
この曲は2曲のアリアと30曲の変奏曲から成る曲集だが,先に述べたように有機的に一つの曲としての完成度を持った不思議な曲集なのである.その意味で,全体が完成された一つの曲として表現されているグールド盤は魅力的である.
初めてグールド盤を聞いたとき,最後に冒頭の主題が回帰した瞬間,本当に一つの物語を誰かに読み聞かされたような,ゆったりとした満足感を感じた.但し,演奏しながらグールドが鼻歌を歌っているのはちょっと不気味でいただけないが.
何れにしろ,同じ曲をこのように多彩なバリエーションで聴けるのが,クラシックの魅力であろう.
眠れぬ夜に,グールドのゴールドベルクを...
