月が出るまで待って - Waiting For the Moon -
7月29日 月齢5.4
■7月29日 月齢5.4 「あきちゃん」と呼ばれて振り返った. 晶は内心(嫌なやつに会ったなと)と思ったが,通り一遍の挨拶をした. この中島は,中学時代の同級生で,地元では割と大きなヤクザの息子だ. そこいらのちんぴらと違い,この歳でも一見人当たりの良さそうな愛想笑いをしているが, 細い眼が油断の成らない感じを醸し出している. 「いま県立に行ってるんだよね,もう三年?」 子供のくせに,喜平のネックレスをちゃらちゃらとさせながら,肩を揺すっている. 同じ歳なんだから当然だろうと思いながらうなずいた. 「うん」 ちょっと間をおいてから,小柄な晶をしたから覗くような眼をして, 「ちょっと相談があるんだけど」と言いながら目を落とした. そもそもこの男とそれほどつきあいがあったわけではない.晶としては用など無いのだが, あまり邪険にする勇気もなかったので,しかたなく近くにあった汚い喫茶店に入った. 70年代の末,東京あたりならまだジャズ喫茶などがあったのだろうが,ヨコスカあたりでは出来損ないのフルーツパーラーの様な物があるだけだった.小柄で線が細く,女の子のような顔立ちの少年と,丸刈りで彫りが深く,目つきの鋭い長身の学ラン.如何にも場違いな二人連れである.店に入った瞬間に,周囲の視線が集まったが,中島の一瞥で皆見ないふりをした. 晶はべたべたするようなテーブルを気にしながら,聞いてみた. 「で,用って?」 中島はちょっと間をおいて言った. 「バイトしない?」 「バイト?何の?」 やや警戒しながら聞いた. 「いや,うちの店なんだけどサ...」 ぼそっと言った言葉を聞いて驚いた. 「トっ!トルコ?」 声が大きいと言わんばかりに,中島が人差し指を口に当ててあたりを見回した. 今で言う個室付き特殊浴場,ソープランドだ.当時はトルコ風呂なる意味不明の呼び名で呼ばれていた.彼(か)の国の国民には失礼な話だ. 要するに彼の話では,ヨコスカを中心にした敵対する組が,西日本の大きな組織と手を組んで,中島のおやじのシマに手を出し,対抗上中島のオヤジも東京の広域暴力団と手を組み,結果として抗争が激化,銃撃事件などが起きたので一時避難するのだが,そのソープの支配人が逃げてしまったらしい. 「それは危ないから逃げたんだろ?」 「いやヨコスカから離れているし,うちの店だとは向こうは知らないはずなんだ,あのおっさん向こうの関係から金を借りていたらしくて,追い込みを掛けられたみたいだ」 「ちょっと待て,いくら何でも高校生にソープの店長をやらせるつもりか?」 「オレの代わりだから,オヤジに店を見とけって言われたんだけど,オレも顔割れちゃってさ.跡をつけられたら,店の従業員に迷惑がかかるし」 左手の包帯を見せた.ちんぴらに囲まれ,痛い眼に会ったらしい.おやじもけがをして入院して,家にも銃弾を撃ち込まれたので,お袋さんの実家に避難すると言うようなことを説明した. 「いやオレがやられたのは店ではないから,ヨコスカでの話なんだけど,ちょっとおふくろの実家に避難することになって」 晶は安全かどうかを聞いたつもりはないのだが.ふと気がつくと中島の落ち着きが無くなっていた.外の様子をうかがって,いきなり晶に2万を渡した. 「頼む2週間くらいだから,15万出す.とにかくあさって店に来て」 店の連絡先を書いた紙と金を押しつけるようにして,店を出てしまった.
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